かぞくとわたし

かぞくとわたし 妻と子どもと猫2ひき、サカイ家のやわらかな日常
第1回

かぞくとわたし 妻と子どもと猫2ひき、サカイ家のやわらかな日常

2017/09/27公開

はじめに

 1歳の娘をベビーカーに乗せ近所のスーパーへ買い物に行った際、店内にいた80歳ほどのおばあちゃんが「あらあ、ぷくぷくの赤ちゃん。さわらせてえ」と声をかけてきた。

 僕が笑顔で承諾すると、おばあちゃんは娘の小さな手をさすさすしながら「ありがとうねえ。ばば元気になるよう、ありがとうねえ」と感謝していた。
 ベビーカーに座る娘はなんのことかわかっていない様子で、怪訝な表情のままさすさすを許している。その光景は、まるで幼児を神の化身として崇める秘境の密教のようで、とても神々しい。後光が差すベビーカーの娘を眺めながら僕は思った。
 やばい、奥さんに伝えなきゃ。

 僕は日々、奥さんに報告をする。
 自転車のチェーンが外れて途方に暮れたこと。本屋で前職の先輩に偶然会ったこと。スーパーで娘が崇められたこと。
 誰が得するでもない小さなエピソードを、夕飯を食べながら奥さんに報告し、個人的な「いいね!」をもらっている。

 本書『かぞくとわたし 妻と子どもと猫2ひき、サカイ家のやわらかな日常』は、ライターのサカイエヒタが2016年12月から2017年6月までの半年間にわたって、WEBメディア『アイスム』(https://www.ism.life/)で連載していたコラム「かぞくとわたし」に、加筆修正と書き下ろしを加えてまとめた電子書籍だ。
 夕飯時に奥さんへ報告されるはずであった日常のエピソードたちをコラムにしている。刺激的なストーリーも、意識の高い言葉も、あっと驚く大どんでん返しも本書にはない。
 さらに残念なことに、僕はイケメンアイドルでもなければ女子大生でもない。ただただ、フツーの男がフツーに家族とすごす日々を文字に起こしただけなのだ。

 いろんな生き方ができちゃう世の中だからこそ、「ふうん、フツーにかぞく作るのもべつにダサいことではないのね」と少しでも感じてもらえれば、幸いである。

サカイエヒタ

第一話 150円の恩返し

「なんだかピザがたべたいですねえ」

 そんなLINEメッセージが奥さんから届くかぎり、きっと我が家は順風満帆なのだ。デリバリーピザはいつだって、しあわせと平穏を象徴している。

「今日も一日平和でしたね記念」
「好きな曲がラジオで流れてたよ記念」
「娘のうんちが2回も出た! 記念」

 デリバリーピザを食べるためなら、なんでもない日をなんらかの記念日に仕立てあげることなんて、この夫婦にとってみればたやすいことである。

 僕からの「いいですねえ」という返答を受信すると、奥さんはさまざまなピザ屋のチラシやサイトを並べ、入念なるトレンドピザ調査を始める。ミスの許されない重要な任務だ。
 入国管理官さながらの厳しい表情で、各店イチ押しのピザを1枚1枚調査していくたいへんな作業である。
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 こちらのピザ屋は、テリヤキとマスカルポーネとバジルとハラペーニョを満載した、ワガママな新商品を推している。
 あちらのピザ屋は、シンプルで本格的な窯焼きピザがオススメらしく、ミミに焦げ目がついていてなんだか誇らしげ。
 はたまたそちらのピザ屋は、3種類ものチーズが生地に重なっているそうだ。もはや暴力!

 どの店も、迫力あるピザの写真を全面に押し出し、狭き門を通過しようと必死であった。

 僕が帰宅する頃には、3枚ほどの選抜候補が用意されており、代表の座をめぐる最終プレゼンが奥さんによって発表される。
 今回は厳正なる審査の結果、某ピザ屋のマスカルポーネピザに決定したのだった。

 注文を終え、お釣りのないようお金を用意した我々は、行儀よくピザを待つ。そして忘れてはならない大事なものも用意する。

 「150円、大丈夫ね?」
 「もちろん」

 我が家ではデリバリーピザや出前をとる際、かならず配達員のお兄さんへ「これで、缶コーヒーでも飲んで」と150円を手渡すのである。
 これは僕が独身時代から続けていることで、当然のことながら結婚後もサカイ家のルールブックに採用された。

 というのも、学生時代にピザ屋の配達員のアルバイトをしていた僕もまた、お客さんからいただいた150円にたびたび救われてきたのだ。
 鼻の頭が赤くなる冷たい雨や雪の日のバイクでの配達時には、その150円でコーンポタージュを買い、電柱の脇で震えながらすすったものだ(通行人からは不審者と思われかねない姿である。SNSがない時代でよかった)。

 本来、お客さんからチップを頂戴するのはもちろんいけないことではあったが、ていねいに断わっても「いいから!」と、彼らはかじかんだ僕の手に小銭を握らせた。貧乏な学生バイトの身にとって、缶ジュース1本ぶんの気遣いはとてもありがたかった。
 そしてなにより、自分の労働がちょっぴり社会から認められたような気がして、店へ戻る帰り道がいつもより温かかったのを覚えている。

 40分後、我が家の玄関先に現われた配達員のお兄さんは案の定、鼻の頭を赤くしていた。過保護に運ばれてきた箱入りピザをおごそかに受け取り、会計を済ます。

 彼が玄関先から退がりかけたところで努めてスマートに、例の150円を渡した。

 「少ないけど、温かい飲み物でも」
 「えっ! いや、いけません」
 「僕も昔、デリバリーのバイトしてたんだ。受け取って」

 ピザを持って部屋に戻ると、僕と配達員のやりとりをこっそり聞いていた奥さんが、満足げに待っている。

 「気持ちよく受け取ってもらえてよかったね」

 そんな言葉が奥さんから聞けるかぎり、きっと我が家は順風満帆なのだ。デリバリーピザはいつだって、しあわせと平穏を象徴している。



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かぞくとわたし 妻と子どもと猫2ひき、サカイ家のやわらかな日常

かぞくとわたし妻と子どもと猫2ひき、サカイ家のやわらかな日常

著  者
サカイ エヒタ
レーベル
eロマンス新書
価  格
454 円(税抜)
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