深爪流

第一章 男と女の奥義①
第2回

第一章 男と女の奥義①

2017/11/02公開

少し太めのニンジンを見かけるといまでも思い出すあの日のこと

 たった1ヵ月で同棲を解消したことがある。

 相手のことが嫌いになったわけでも、ほかに好きな人ができたわけでもない。
 事実、別々に住むようになってからも交際は続いていたのだが、とにかく一緒に暮らすことができなくなってしまったのだ。

 友だちの紹介で知り合ったYとは、とにかく気が合った。
 笑いの好みから映画の趣味、食べ物の好き嫌いに至るまで、まるで生き別れた双子の兄妹なのではないかと思うほどそっくりで、ひとりで行動するのが好きな私が一日中一緒にいても苦にもならない不思議な人だった。

 ある日、親戚から大量のカニが送られてきたので、Yの家でカニ鍋をしようという話になった。
 その週はちょうどゴールデンウィークで3連泊するつもりだったが、3日分のお泊りグッズが思ったより多く、大きいカバンを探しているうちにめんどくさくなってしまい「もういっそ、一緒に住んじゃえばよくない?」とYの家へ転がり込むことになった。

 彼はいわゆるフリーターで、定職に就かず、バイトで食いつないでいた。
 鍋をした翌日もコンビニのバイトが入っていたのだが、シフトが昼からだというので朝からYのきりたんぽを堪能することになった。
 当時、20代前半。お互いに性欲が服を着て歩いているような時期であり、ごく自然のなりゆきである。
 これからは一緒に暮らすのだし、そんなにがっつく必要もないのだが、とりあえず朝からの出し入れは同棲の醍醐味。だが、それは地獄の幕開けだった。

 Yがバイトから帰ってくると、「おかえり」「ただいま」の挨拶もそこそこにケツやら乳首やらをまさぐられて、気がついたら再び出し入れをしていた。
 そして、そのあともお風呂で挿入。寝る前も挿入。翌朝起きて挿入。お昼も挿入、とエンドレスで続く。もはや挿入の合間に食事や仕事をしているような生活である。
 当時、中2男子ばりの性欲を抱えていた私には願ってもない話で、最初の3日くらいは「同棲って本当に素晴らしいものですね」と心の中の水野晴郎もご満悦だったが、それが毎日続くので「ちょ、これ、やばくね?」とだんだん不安のようなものがこみあげてきた。

 早朝5時に朝勃ちがてらねじ込んでこようとするYに「まだ眠いからごめんね」とやんわりと拒否したことがある。
 すると、Yは「俺は朝、昼、晩、最低でも1日3回はセックスしないとダメな人間なんだ。協力してほしい」と下半身をギンギンにしながら真顔で訴えてきた。
 Yの心身からほとばしる真っ直ぐさに圧倒され、思わず股を開放してしまったが、快感なぞビタイチない。何ごとも「義務」になった途端に意欲がそがれるものだが、これはもはや苦行である。

 その日もYがバイトから帰ってくるなりズボンを下ろし始めたので、今回ばかりはキッパリと断ろうと「今日はほんとごめん。無理」と強めに拒絶の意思を表明した。
 私の勢いにおののいたのか、いつもは強引にねじ込んでくるYも少しひるんだようで、「じゃあ、アソコを見せてくれるだけでいいよ。自分でするから」と妥協案を提示してきた。
 釈然としなかったが、穴を使わないだけでも助かると思い、下着を外してベッドに横たわって大きくM字開脚をしてみた。
 何分ほど経過しただろうか。同じ姿勢のままでいるので、疲労からか開いた両太ももがプルプルと震えてきた。目の前であぐらをかき、私の股間を凝視しながら黙々と右手を上下に動かすYを見ながら心底「時給がほしい」と思った。

 Yは遅い男だった。出すに至らないこともよくあった。付き合い始めの頃はYがイケないと「イケなくてゴメン」「きっと私がガバマンだから……」「そうじゃない。キミを大事に思う気持ちが強すぎるせいだよ。愛してる!」「(号泣)」みたいなやりとりをしたこともあったが、同居から2週間ほどするともう、なんの感情も湧かなくなっていた。
 ただただ「無」の心境で穴をお貸ししている感じである。

 穴貸業にも限界を感じ始めたある日、さすがに毎日同じような行為に飽きたのか「今日はこれを使います。全裸になってください」と、Yが唐突にニンジンと荷造り用の紐を出してきた。
 混乱する私をよそにYは淡々と私の手足を荷造り用の紐でベッドにくくりつけていく。5分くらい経っただろうか、ショッカーに改造される本郷猛のごとき姿になった私の股間に、おもむろにニンジンを挿入したYはなんの説明もせずにそのままどこかへ行ってしまった。
 最初は予想外のプレイに軽く興奮していたが、ふと下半身に目をやり、股から生えるニンジンが見えると「お母さんが『食べ物で遊んじゃいけない』っていつも言ってたっけ……」などと無垢だった子どもの頃の記憶がよみがえってしまい、心底ツラい気持ちになった。

 翌日、同棲解消を切り出した。嫌いじゃないしむしろ好きだけど、とにかく体が持たないので一緒には暮らせない、と正直に話した。
 Yは不満そうだったが、下半身以外はものわかりがいい男だったので、しぶしぶながらも了解してくれた。

 いまでも少し太めのニンジンを見かけると、あの日のことを思い出して胸と穴がギュッと締めつけられる。
 ニンジンは股間に挿れるものではない。これからも私は世の中に訴え続けていきたいと思うのである。

「夜中のテンション」に騙されるな

 みなさんは、深夜に意味もなくハイテンションになったご経験はないだろうか。いわゆる「夜中のテンション」というやつである。
 たとえば修学旅行の夜、静まり返った暗い部屋で誰かが「プー」と言っただけで、場内大爆笑になるようなスベリ知らずの状態のことだ。
 昔、友人5人と旅行したとき、深夜2時すぎくらいだったか、そのなかのひとりがなんの脈絡もなく「イスカンダル」とつぶやいたのがきっかけで笑いが止まらなくなったことがある。
 いま思い出しても陰毛の先ほどもおもしろくないのだが、なぜかそれがツボにハマってしまい、喉のフタが閉まるほど笑い転げた。隠しカメラであの様子を見られていたら、絶対に「客がクスリやってます」と通報されていたと思う。

 ところで先日、男女の営みを行ったときのことである。
 たいへんひさしぶりだったので、普段は動かさないような筋肉まで使い、白目を剝きまくりながら夜の大運動会を繰り広げた。事後、心身ともに満足感に包まれたままベッドの上でまったりしていると、夫のマグナムの色がちょっとおかしい。
 あきらかに見慣れた色と違うので心配になり、「ね、チンポコ、赤くない? 大丈夫?」と聞くと、「べつにどうもないけど、そんなことより『チンポコ』って……」と苦笑されてしまった。
 確かに「チンポコ、大丈夫?」はないな、しかも真顔で、と思った瞬間、めちゃくちゃおもしろくなってしまい頭のなかが「チンポコ」の文字でいっぱいになった。突然の脳内チンポコ祭りの開催である。
 ワッショイ! ワッショイ! チンポコ! ワッショイ! と威勢のいいかけ声が聞こえてくる。若者たちに担がれて、巨大なチンポコを載せたお神輿が登場。遠くのほうからエレクトリカルチンポコパレードもやってきた。
 さまざまな電飾に彩られたチンポコの上でミッ○ーやドナ○ドたちが楽しげに踊っている。○ッキーやド○ルドたちが通りすぎたあともいろんなチンポコが浮かんでは消えていくものだから、思わず「え? どっからこの音出たの?」って感じのへんな笑い声をぶちまけてしまった。
 それにつられた夫も笑い出したので、収拾がつかない。ふたりしてしばらく全裸で腹を抱えて笑い転げていたが、あのまま死んでいたら世界一幸せな事故死だったと思う。
 そしてこのエピソードも、いま思い出すとビタイチおもしろくない。「なんだよ、エレクトリカルチンポコパレードって」と、無の表情になるだけだ。

 「深夜に書いたラブレターはかならず翌日に読み直すべし」というアドバイスがある。
 夜中に書いたラブレターは必要以上に熱くなりがちなので、相手にドン引きされる可能性があるから、翌朝冷静になってもう一度読み返したほうがいい、という先人の教えだ。
 私も中学のときに、無駄に熱いラブレターをもらったことがある。いまでも「俺は人生という名のサーキットを走り続ける。おまえはそのゴールで微笑みながら待っていてくれ」というフレーズは忘れられない。
 正気では書けない文章である。彼は受験勉強で日々遅くまで起きていたので、おそらく深夜に書いたのだと思う。ちなみに私はこれを読んでドン引くどころか感動のあまり号泣してしまった。
 そんな自分を思い出していま、ドン引きである。

 話がだいぶあさっての方向へ行ってしまったが、つまり深夜は危険ということだ。
 ラブレターしかりチンポコしかり、夜中はまったくの別人格が現れると思っていたほうがいい。
 たぶん、夜になると脳から珍妙な汁が出てトランス状態になるのではないかと思う。そこでちょっと調べたところ、夜中のテンションについて興味深い記事を見つけた。

 “自律神経には大きく分けて「交感神経」と「副交感神経」の2種類があり、交感神経は日中、副交感神経は夜に優位に働くといわれています。そして、この夜に優位になる副交感神経によって恥ずかしいことを書いてしまうのです。というのも、副交感神経は理性よりも情動を優先するメカニズムになっているから。情動が優先された結果、普段抑えられていた想いがそのまま出てしまうのです。”(出典=『夜書いたラブレターは朝起きたときに見なおしなさい!』ネム☆ジム)

 やはり想像どおり、脳内の珍妙な汁が原因だった。
 「夜中のテンション」は理性では抗えない人体システムの産物だとわかり少し安心した。ちなみにいま、午前1時。

 大手出版社から発売する本に躊躇なく「エレクトリカルチンポコパレード」なるフレーズを使えるのも、すべて副交感神経のなせる業なのである。

性欲が止まらない

 1ヵ月ほど前から1日に数回、妙に下半身がうずくことがある。
 股間が熱く火照るようで、いわゆるムラムラした気持ちになり、とにかく棒があったら突っ込みたいという衝動に駆られるのだ。
 通勤電車の中やミーティングの最中など、まったく予測不能の場面でもよおしてしまうので軽くパニックになる。
 自宅の布団の中なら処理のしようもあるが、外出先でそれが起きるともうどうしようもない。
 とりあえず、湧き上がる性欲を紛らわせるために、お母さんのやさしい笑顔や飼っていた犬が死んだときのことなどを必死に思い出してみたが、ただただいたたまれない気持ちになるだけで、下半身の充血は治まらなかった。
 それまでOLがオフィスのトイレで股をこすり倒すAVを見るたびに「ねーわ」と一笑に付していたが、事実、自分がそういう状況に陥ると「あれは実話ベースなのかもしれない」と思えてくる。

 「オンナの性欲は中年以降に増大する」という説がある。
 いよいよ私も色気ババアになってしまったのかと悶々としていたある日、トイレで用を足して便座から立ち上がると、便器の中が真っ赤になっていることに気がついた。
 一瞬、何が起きたのかわからず、あわてて穴という穴をチェックしたところ、どうやら血尿らしいことがわかった。近所の泌尿器科に電話をかけると、幸いすぐに診てもらえるという。
 重病だったらどうしようと泣きそうになりながら病院に走ったが、検査の結果、ただの膀胱炎との診断を受けた。股間が妙にうずいていたのは、尿道の炎症のせいだったらしい。
 色気もへったくれもない話である。
 尿意を我慢したり、汚い手で股間をいじったりするのが膀胱炎の原因だと思っていたが、その多くは常在菌による感染だと医師から説明を受けた。健康なときには問題ないのだが、免疫力が下がると途端に菌が暴れだして発症するという。
 つまりストレスも原因になりうるという話だ。心当たりがありすぎる。

 会社に行きたくない。仕事がつまらない。上司がクソ。いますぐ会社辞めたい。いますぐ辞表出して南の島のビーチに行きたい。南の島のビーチで体に悪そうな色のカクテルをガブ飲みしながらイルカと戯れたい。みたいなことばっかり考えながら来る日も来る日も満員電車に揺られていれば、血尿のひとつも出るというものである。

 先日、どうしても出社したくない日があり、ガラにもなく夫に「仕事したくない」と愚痴ってしまった。
 すると、「俺は仕事をしないと死ぬので、仕事をしたくないという気持ちが湧いたことがない。ライオンが『あーあ、インパラ捕まえたくねえな』と思わないのと同じ。そもそも仕事をするのは息を吸うのと同じくらいあたりまえのこと。『仕事したくない』を『息をしたくない』に変換してみれば自分がいかにトンチンカンなことを言っているかわかるはず。だいたい、仕事しなくても生きられる道があると思っているからそんな感情が芽生えるんだ。余裕がある証拠。要は甘え」とバッサリやられてぐうの音も出なかった。
 確かに私は働かずとも夫に寄生すれば生きていける。家族のために生きるか死ぬかの気持ちで働いている人にする話ではなかったと心から反省した。

 ぜんぜん性欲の話じゃなくなったので本題に戻すが、膀胱炎の真っ只中、ムラムラした勢いでひさしぶりにエロ動画を見てみた。
 若くてキレイな女優さんがキレイな顔で喘いでいる映像を見てもピクリともしなかったのに、ダルダルな腹をした中年女がバケモノみたいな顔で喘ぎながら若いイケメンにいたぶられているAVにはめちゃくちゃ興奮した。
 AVを楽しめるかどうかはいかにAV嬢に感情移入できるかにかかっているのだなと実感したし、ババアの喘ぐ姿に興奮した自分に軽く落ち込んだりもしたが、股をいじっていたらそんなことはどうでもよくなった。
 たいていの悩みは股をいじれば忘れられるものである。

 当然、今日も会社には行きたくないが「落ち込んだときには股いじり」を胸に、これからも頑張っていきたいと思っている。

「女芸人は好きか?」への答えでわかるオトコの女性観

 「好きな男性のタイプは?」のアンケートで、「やさしい」「包容力がある」に並び、かならず上位にランクインしてくるのが「おもしろい人」である。
 とにかく「おもしろい人」はモテるのだ。

 実際、たいしてカッコよくもないのに、ただ芸人をやっているというだけで女が寄ってくる男性も多い。
 先日、テレビのバラエティ番組で「売れてなくても芸人の彼女はカワイイ説」を立証するコーナーがあった。
 みな名前も聞いたことがないような無名芸人ばかりだったのだが、出てくる彼女が本当にいちいちかわいかった。なかでも中年太りで40歳、芸歴17年でビタイチ売れていない芸人の彼女が27歳の美女だったのには度胆を抜かれた。
 すでに5年交際しており、番組の企画で舞台上からサプライズでプロポーズをしたところ、彼女はプレゼントされた給料3ヵ月分の婚約指輪(3万円)を指にはめながら大号泣していた。
 芸人では食えずバイトでなんとか生き延びているような小太りの中年にプロポーズされて、涙を流して喜ぶ若い美女の姿には戸惑いを禁じえなかったが、その男性には私なぞには想像もつかないような魅力があるのだろう。
 そして、やはりそのなかに「おもしろい」という要素は無視できないと思う。

 なぜ、「おもしろい人」はモテるのだろうか。
「笑わせる」というのはすなわち、自分を楽しませ、快楽を与えてくれる行為である。おいしいレストランに連れていってくれたり、めちゃくちゃすごいセックスをしてくれたりするのと同等ともいえる。
 つまり、「笑わせる」という行為が一種の求愛行動だと考えれば、おもしろい人がモテるのも道理なのだ。

 では、女性の場合はどうだろう。
 「好きな女性のタイプランキング」を見ると、「かわいい」「やさしい」「おっぱいが大きい」などが上位を占めており、「おもしろい」はまず入ってこない。
 男性でも、自分を楽しませ、快楽を与えてくれる人には好意を持ちそうなものなのに、なぜか女性にはこの要素は求められていないのだ。つまり、男女ともに多くの人が「“お笑い”は男の仕事」と思っているのだろう。

 そこで、女芸人である。
 「女芸人はつまらない」という人は少なくない。それは、お笑いは男の仕事で、女性を気持ちよくさせるための行為という潜在意識のせいかもしれない。
 だから、本来なら接待される側であるべき女性が芸人をしていることに違和感を覚えてしまうのである。いうなれば、重要取引先の社長の手品を見て楽しめるか、という話だ。
 たとえそれがどんなに技巧的に優れているものであれ、本来なら接待される側であるべき取引先の社長が、鼻メガネにデカい蝶ネクタイ姿で口から万国旗だのハトだのを出しまくっても、「申し訳なさ」や「恐縮」といった気持ちが先立ってしまい、心の底から楽しめないのである。

 気になる男性の女性観を知りたいなら「女芸人をどう思うか?」と聞いてみるといい。もし、「女芸人は好きではない」と答えたのなら、彼の根底には「女性はチヤホヤすべきもの」がある可能性が高い。
 彼らは、いわゆる“慣用的な意味”でのフェミニスト(女性に甘く、特別に尊重する男性といった意味)なのである。
 「女芸人はつまらない」「女は芸人なんかやるな」などと批判する男性は、一見すると女性差別主義者に見えるが、実のところ彼らは女性を大切に思うジェントルメンといえよう。
 一方、女芸人に対してとくに嫌悪感を抱かない、むしろ大好き、めっちゃおもしろいと答えた男性は潜在的に「女性を特別視する必要なし」と考えている可能性が高い。

 ある意味、男女平等主義者であり、ラブホ代を1円単位までキッチリ割り勘にさせた挙句、前戯を省略なんてこともありえるので、その手の処遇に納得いかない方はぜひともご注意いただきたいと思う。

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第一章 男と女の奥義①

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著  者
深爪
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eロマンス新書
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