恋縛

恋縛 あなたとつながる赤い糸
第1回

恋縛 あなたとつながる赤い糸

2015/05/29公開
<1>好奇心

 プリントアウトした地図を握り締め、そのビルの前に立った。
 あたりをキョロキョロと見渡して人がいないことを確認する。いや、べつに人がいたところで問題はないのだけれど。
 見た目はスタイリッシュな、どこにでもあるようなビル。
 いくつものイベントスペースをレンタルしているというだけあって、入り口にあるディスプレーには開催中のイベント名がたくさん表示されている。
 この中のどれに私が行こうとしているかなんて、すれ違う人たちにはわからないだろう。わかるとしたらその人はエスパーなんだと思う。
 口内に溜まった唾を飲み込んで、そのビルの中に足を踏み入れた。
 開始時間までは充分に余裕はある。急ぐこともないだろう。
 余裕があるふうを装って、その実、心の中は緊張でガチガチだ。
 エレベーターに乗り込んで、そっとチケットを取り出した。
 小さなチケットの表面にはイベントの名称と『緊縛』という文字。
 必要事項しか書かれていないそのチケットを見つめると、心の中が言いようのない好奇心で埋めつくされていく。
 最初に見たのは雑誌の記事でだ。たまたま手に取った雑誌にそのページがあった。
 掲載されていた写真に写っていたのは、真っ赤な麻縄で縛られて宙に吊りあげられた女性。
 見た瞬間、衝撃で言葉を失った。
 嫌悪を感じたわけではなく拒絶でもなく、それは間違いなく興味と興奮だった。
 写真から伝わる熱はまるでそこに自分もいるかのように錯覚させた。
 白い肌に食い込む赤い縄。
 縛られたことによって絞られている女性の肉体。
 隆起した肉体は強調され、縄をなめらかでやわらかい皮膚で受け止めている。
 全身を縄で縛られ拘束され、それだけではなく宙に吊りあげられている女性の表情は苦悶に歪んでいるのに、どこか恍惚としていて、それがまた私の興味を煽っていた。
 そういう世界に興味はなかったけれど、その写真を見た瞬間、一気に引き込まれた。
 胸を占めるのは『緊縛』という世界に対する好奇心。
 体を拘束されていて、どうしてあの女性はあれほど恍惚な表情を浮かべていたのだろう。
 体中に縄をめぐらされ縛りあげられて、宙に吊るされて、なぜ快楽を感じているような表情を浮かべていたのだろう。
 縛られるという行為にいったいどんな魅力があるのか。どれほどの快感が存在するのか。気になってしかたない。
 興味の赴くままにネットで調べて『緊縛』という世界の深さに驚き、好奇心はさらに煽られた。
「緊縛」という文字でネット検索して、出てきたアダルト動画の中から見つけ出した『緊縛師』という言葉とそのホームページ。
 そこには緊縛師が縛った女性の写真が数多く掲載されていた。どの女性も苦悶の中に喜びを確かに浮かべていて、私の好奇心はますます煽られていく。
 自分も縛られてみたいと渇望するようになるまで、そう時間はかからなかった。
 でも、自分が縛られるという体験はそう簡単にできることじゃないというのは、調べ始めた段階ですぐにわかった。
 縄で縛るという行為は一歩間違えば危険をともなう。素人が興味本位でやっていいものではないというのは、『緊縛』について説明しているホームページならどこでも書かれていることだ。
 信頼できるパートナーとでなければ緊縛プレイをすることはおすすめしないとも、かならず書いてあった。
 そんな相手、すぐに見つかるわけがない。パートナーを見つけられる人は本当にラッキーなのだ。
 緊縛師のホームページに緊縛モデルの募集があるけど、制約がたくさんある。制約をクリアしていたとしても、応募するには度胸が足りなかった。
 そんな中、初めてもたらされた緊縛の世界を生で実感できるチャンスが今日のイベントなのだ。このチケットを手に入れられたのは奇跡に近い。
 イベントのスペースがある階にたどり着いて、緊張した足取りでエレベーターを降りた。
 目指すのは突き当たりの部屋だ。フロアの景色は普通のオフィスビルの廊下。この階でほかのイベントもやっているはずだが、廊下に人はおらずホッとして歩を進めた。
 会場の入り口のドアにある『緊縛快楽』というイベント看板の文字。
 そのドアノブをつかんで一度深呼吸をしてから、勢いよくドアを開けた。


 神谷(かみや)ちさと、27歳。
 いたって普通の会社員。いわゆるOL。
 その私がいま、初めてアブノーマルな世界、緊縛という深淵に足を踏み入れた。

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恋縛

恋縛あなたとつながる赤い糸

著  者
橘志摩
イラスト
イナリユウコ
レーベル
eロマンス文庫
価  格
454 円(税抜)
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