溺愛エチュード

[1-1]好奇心
第1回

[1-1]好奇心

2015/06/26公開

[プロローグ]

 幼いころからずっと3人で一緒にいた。
 それは大人になっても変わらなくて、29歳と30歳、39歳になったいまでも変わらない。
 血のつながりはまったくないけれど、それこそ本当に兄妹のようにすごしてきた時間は長い。

 その関係はこれから先もずっと、変わらないものだと、そう、思っていた。

[1-1]好奇心

「───では、こちらで身分証の確認を」
「……わかりました」
 先を歩くその人の背中を見つめながら私もあとに続く。
 少し暗い照明の廊下を歩き、ぽつんと設置されたカウンターにたどり着いてから身分証をふたり分。
 店員の男性がにっこりとさわやかな笑みを浮かべて「ようこそ」と口にする。
 その表情にほっとしたのは私だけだろうか。隣に立つ幼なじみは無表情のままだ。感情の変化があったようには見受けられなかった。
 窓口に立った男性はさわやかな笑みを浮かべたまま、一枚の紙を取り出して、私たちに見やすいように提示しつつ、その内容を口頭で説明してくれる。
 場所が場所だからか、そのシステムもきちんと作られており、話に聞いていたような危険はないのだろうと、内心胸を撫で下ろした。
「では、まず先にロッカーに荷物を預けていただけますか?」
「はい」
「はっはい……!」
「いまお渡ししたバンドは初心者、見学者、常連さまを見わける道具になっておりますので、必ず手首に巻いてくださいませ」
 ロッカーへの道順を案内される道すがらそう言われ、私も彼も慌ててそれを手首にまいた。
 荷物を預けるのはすぐで、ロッカーの鍵は自分できちんと保管しておくようにと念を押される。
 店員さんの言葉にただうなずくことしかできないが、それもしかたないだろう。
 何しろここは、普通のバーじゃない。私も、幼なじみもこの特殊なバーに訪れるのは初めてだった。
 ロッカーから出て、ふたたび彼と顔を合わせて、その表情が緊張に覆われていることに気がついた。
 そのことにほっとして、思わず小さく笑ってしまう。
 よかった、緊張しているのは自分だけじゃない。年の離れた幼なじみもそうなのだと思うと、かすかな安堵が胸に広がっていた。
 そんな私たちを見ていた店員さんはおだやかにほほえみ、その重厚なドアの取っ手に手をかけた。
「それでは伊勢原(いせはら)様、里中(さとなか)様。現実の世界から、夢の世界への入口にございます。現(うつ)し世ではない夢の時間、どうぞお楽しみください。───ようこそ、ハプニングバー『ドリームスカイ』へ」
 開かれたドアの先に広がっているのは細長い通路だ。奥のほうからかすかに賑やかな声が聞こえてきていた。
 この通路から得られる情報は少ない。一歩踏み出して、奥に進まなければきっと、わからないのだろう。
 ハプニングバーが何をする場所か、どういう場所か、おぼろげではあるが知識はある。
 だが、いままでこんなふうに、実際に来てみようなどと、思ってなかった。
 それはきっと隣に立つ幼なじみも同じだろう。彼がいまここにいるのは私がムチャぶりしたからにほかならないが、それでもいま、兄のような存在の彼が隣にいてくれることが、本当に心強かった。
「……行くか」
「……う、うん……っ」
 幼なじみの言葉にうなずいて、私もその敷居を一歩またぐ。
 数歩先の世界に、私も彼も、一瞬でその空気に飲まれた。


 ◇ ◇ ◇


「だからさーもうめっちゃスゴかったんだって!」
「おまえはいつも主語がないよ、彰久(あきひさ)。何が凄かったって?」
「彰(あき)ちゃん、ハプニングバーってところ行ってきたんだって」
「はあ!?」
 いままで聞いていた話をすれば、ものすごく驚いたように顔を崩して声を上げたのは最年長である伊勢原浩輔(いせはらこうすけ)39歳。
 私の幼いころからの幼なじみで、いつも3人で集まるときは彼のひとり暮らしの家にいることが多い。
 しっかり者で、頼りがいがあって、まわりの大人たちからの信頼も厚い。それは昔もいまも変わらなくて、私はいつも浩(こう)ちゃんのうしろをついて歩くことが多かった。
 そんな彼とは対照的に、ヤンチャでお調子者、楽しいことや面白いことが大好きで、いつも冒険しているような、もうひとりの幼なじみである遠藤彰久(えんどうあきひさ)30歳。彼は顔をキラキラと輝かせたまま、いまのいままで私にしていた話を、今度は浩ちゃんにしはじめている。
 彰ちゃんは昔からずっとこんな感じだ。自分の興味のあることにはためらうことなく飛び込んでいる。
 浩ちゃんと一緒にいるとほっとする、彰ちゃんと一緒にいるときはワクワクする。そんなふたりは昔から私にとって年の離れた兄のようで、それはもうずっと変わらない。
 いまだって浩ちゃんと彰ちゃんと一緒にすごしている時間がいちばん楽しい。
 浩ちゃんが入れてくれたコーヒーをひと口飲んでから、私は床に置かれていたクッションを腕の中に閉じ込めた。

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溺愛エチュード

溺愛エチュード幼なじみの甘い指先

著  者
橘志摩
イラスト
朧月おじ太
レーベル
eロマンス文庫
価  格
454 円(税抜)
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