蜜惑の嘘、淫らな呪縛

店に入ってきたのは外国人。それも絵本に出てくる王子さまのような男だった
第1回

店に入ってきたのは外国人。それも絵本に出てくる王子さまのような男だった

2015/10/30公開
 常連客の十八番である演歌が店中に響いている。下手とは言わないが、うまくもない。カラオケが趣味だと言うわりには、心もとない実力だ。練習もしているのだろうが、なかなか上達しないところも寂しい。
 「真衣《まい》ちゃん、カクテル作ってよ、カクテル」
 カウンター越しに声を掛けてきたのは、いま歌っている客の連れだ。飽きるほど聞かされているからか、曲に聴き入る様子もない。
 「いいですけど、何にします?」
 「そうだなぁ、オレのイメージで」
 粋な台詞だと思っているのだろう。鳴海《なるみ》真衣は軽く愛想笑いをして、カクテルグラスを取り出した。グラスを氷で冷やしているあいだに、メジャーカップでビールとジンジャーエールを量る。
 シェイカーに注ぎ、氷と一緒に入れてリズミカルに振ればできあがり。見よう見まねで覚えた簡単なカクテルだ。
 「シャンディ・ガフです。ビールベースだから、飲みやすいですよ」
 「そりゃオレは、ビール好きだけどさぁ。なんか安直じゃない?」
 文句を言いながらも、おいしそうに飲んでいる。結局イメージなんかより、味の好みを優先させたほうが喜んでもらえるのだ。これは資格も持ってない、にわか仕込みのバーテンダーが身につけた処世術だった。
 客はほとんど常連という小さなスナックで、真衣がカウンターレディを始めたのは大学を卒業してすぐのことだ。とある事情で就職できず、自信も意欲も失っていた彼女は、貼り紙の求人募集を見てふらっと店に入った。
 お酒は人並み、水商売は初めて。とても即戦力とはいえなかった真衣をママは雇ってくれた。あとから聞いた話では、うつろな目をした真衣が心配で放っておけなかったらしい。
 そんなママだから、老若男女問わず誰からも愛されている。ひときわ目立つような美人ママではないけれど、商売抜きで親身になってくれる彼女に、皆故郷の母親を重ねてしまうのだろう。
 スナックにしては充実したフードメニューも、その印象を強めるのにひと役買っている。ママ手作りの焼きうどんはお世辞抜きに絶品で、まさにおふくろの味なのだ。
 手頃な値段で飲んで食べて、ときどきママに愚痴を聞いてもらう。ストレス三昧の日々を癒やされたくて、皆店に来るのだ。
「いらっしゃいませー」
 入り口のドアが開いたので型どおり挨拶をしたが、真衣は二の句が継げなかった。店に入ってきたのは外国人。それも絵本に出てくる王子さまのような男だったのだ。

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蜜惑の嘘、淫らな呪縛

蜜惑の嘘、淫らな呪縛失われた記憶の在処

著  者
イラスト
淀川ゆお
レーベル
eロマンス文庫
価  格
454 円(税抜)
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