蜜惑の嘘、淫らな呪縛

漫然と毎日を過ごし、足踏みをし続けて3年。まさか過去を知る人物のほうから、真衣に接触してくるなんて。
第3回

漫然と毎日を過ごし、足踏みをし続けて3年。まさか過去を知る人物のほうから、真衣に接触してくるなんて。

2015/12/25公開
 真衣が就職活動の合間を縫って、ひとり旅に出掛けたのは大学4年になったばかりのころだった。友だちはよくこんな時期にとあきれはて、実家の両親は危険だと猛反対。それでも彼女には行かねばならない理由があった。
 本を読むのが好きというだけで文学部に入った真衣には、これといった資格も取り柄もない。就活状況もかんばしくなく、履歴書に箔をつけるためには、何か人とは違う経験が必要だった。
 幸い日常会話程度ならできるし、書店のバイトで貯めたお金を渡航資金に充てられる。たったひとりで海外を旅したなんて言えば、面接担当官だって多少は興味を持ってくれるだろう。
 そんな下心を抱えつつ、真衣が選んだ行き先は親日で治安がよいと評判の国だった。1ヵ月もあれば一周できるほどの小国で、ひとつの国を深く知るには好都合だと思ったのだ。
 しかし結論から言うと、この旅は失敗に終わった。
 就職活動だけでなく、真衣の人生にとってもなんのプラスにもならなかった。彼女は旅先で自動車事故に遭ってしまったのだ。
 気づいたら病院のベッドの上で、日本を出発してからの記憶を失ってしまっていた。怪我はそれほどひどくなかったが、どんな出会いがあり、出来事があったのか、何ひとつわからない。
 恐ろしくなった真衣は荷物をまとめ、逃げるようにして病室を出た。無事に日本には戻れたものの、そんな状態で就職活動に身が入るはずもない。結局進路も決まらぬまま、大学を卒業する羽目になってしまった。
 本当ならそこで実家にでも帰るのだろう。だが反対を押し切って旅に出た手前、両親を頼ることはできなかった。真衣は仕送りを断り、スナックでバイトをしながら、履歴書を送り続ける日々を選んだ。
 しかしいまだにどの企業からも、いい返事をもらえていない。
 原因はなんとなくわかっているのだ。記憶が曖昧なせいで自信が持てない。それが顔に出てしまっている――。
 もう一度あの国に行くべき、なのだ。自分を取り戻さないと、いつまでたっても前には進めない。何度も同じ結論に達するのだが、思い切れない。
 怖いのだ。積極的に行動を起こし、また同じ過ちを繰り返してしまうことが。
 漫然と毎日を過ごし、足踏みをし続けて3年。まさか過去を知る人物のほうから、真衣に接触してくるなんて。
 「誰、なんですか? あなた」
 「僕はライアン・エリソンといいます。……本当に何も覚えていないんですね。医師から聞いて、心構えはしていましたが」
 ライアンは眉を八の字にして、苦しそうな表情をする。どうしてそんな顔を向けられなければいけないのか、真衣にはわからない。でも悲しみが伝染したように、胸が痛んだ。
 「医師とは、あの国の?」
 「はい。真衣が姿を消して、途方に暮れていましたよ。それは僕も同じですが」
 「すみません、でした」
 治療してもらっておきながら、勝手に帰国したのは申し訳なかったと思う。入院や治療に掛かった費用だって、置いてきたお金では足りなかったのかもしれない。
「あの、もしかして取り立てに来られたんですか? 私が病院できちんと精算をしなかったから」
 真衣がおずおずと尋ねると、ライアンは目をパチクリとさせた。表情が和らぎ、わずかにほほえむ。
 「まさか。精算なら終わっています、ご安心を」
 「だったら、どうして」
 「決まっています。真衣にもう一度、会いたかったからですよ」

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蜜惑の嘘、淫らな呪縛

蜜惑の嘘、淫らな呪縛失われた記憶の在処

著  者
イラスト
淀川ゆお
レーベル
eロマンス文庫
価  格
454 円(税抜)
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