12の呪縛

困惑と回想
第3回

困惑と回想

2016/06/02公開
「もろいなぁ」

 そして、薄い。
 彼はいま、なにをしているのだろう。
 作っておいたご飯は、食べてもらえないかもしれない。
 あんなことをしたあとで、そんな女の作った料理なんて重くて無理だと、捨てられたらどうしよう。

「あーあ」

 由美は盛大にため息を吐いた。

「やっちゃったなぁ」

 部屋の合鍵は持っている。だから、訪れても入れてもらえない、という心配はない。
合鍵を手に入れたのは、大学生のときだ。
 新しい父親に帰宅時間が遅いと怒られてケンカとなり、家を飛び出してここに来たのだ。
 いま思えば、あの人はあの人なりに、父親になろうと必死だったんだとわかる。けれど当時は、本当の父親でもないくせにと腹が立った。20歳になりたてのころで、もう大人なんだと浮かれていた気分に、水を差されてくやしかった。
 インターフォンを押しても、聡は顔を出さなかった。廊下側から見える窓は真っ暗で、留守なのだとすぐにわかった。けれど、どうしても聡の顔を見たくて、座りこんで帰りを待った。
 飲み会を終え、ほろ酔いで帰宅した聡は由美の姿にぎょっとして、あわてて部屋に招き入れると、母にすぐさま連絡を入れた。

「もう、大丈夫だから」

 なにがどう大丈夫なのか、さっぱりわからなかったけど、体中に聡の言葉は沁みこんだ。

「うん」

 答えた由美はボロボロと涙をこぼし、聡はそっと腕の中に包んでくれた。あのとき、頭を撫でてくれた手の感触は、忘れられない。
 ああ、好きだ。
 そう再確認させられたあと、聡は合鍵をくれた。これから、どこにも行く場所がなかったら、部屋に入っておくようにと言って。
 信用されているという喜びが半分、女として見られていないという悲しさが半分。
 合鍵は、由美の宝物になった。
 由美に合鍵を渡すことで、聡は想いを残している母とのつながりを、持ち続けられると考えたのかもしれない。
 女々しいとも取れる態度は、由美にとっての羨望となった。そこまで想われている母が、うらやましくてならない。
 どうして母は、彼と別れたのだろう。
 由美の目に映っていたふたりは、聡よりもむしろ、母のほうが彼に惹かれているようだったのに。

「聞けないよね」

 母が聡に別れを告げた理由も、自分が聡の部屋へ出入りすることを、どう思っているのかも。

「あーあ」

 由美は音に出して、わざとらしく落胆するとつぶやいた。

「せっかく作ったんだから。ご飯、捨てないでよね」



 シャワーを浴びた聡は、冷蔵庫から缶ビールを取り出して、一気に飲みほした。

「ふう」

 もうひと缶を手にして、テーブルに並ぶ由美の手料理をながめる。ごはんに、味噌汁、炒めもの。素朴な料理に近づいて、席に着く。

「28、か」

 聡はつぶやき、箸を取った。すっかり食べなれた味のそれらは冷めてしまっている。
 由美の「私は28よ」という台詞が、彼女の母親、明美に付き合ってほしいと迫った、12年前の自分を思い出させた。
 あのころは必死だった。
 美容師になるため、懸命に働いていた聡を、明美は応援してくれた。店の客だったので、明美の年齢は知っていた。スーパーのそばにある弁当屋で働いていることも。
 弁当を買いにいくと、明美はいつもオマケをしてくれた。ご飯大盛りだったり、漬け物だったり、ささやかなものがほとんどだったが、オマケ自体よりも彼女の気持ちがうれしかった。

「遅くまで、ごくろうさま」

 そう声をかけてくれる明美こそ、遅くまで働いていてたいへんじゃないかと思っていた。母子家庭で、娘の受験勉強の夜食として、残りものを持って帰っているのと言いながら、その惣菜を分けてくれるようになった。
 28歳にとって40歳は、親よりは年下だが恋愛対象になるには難しい年齢だった。しかし明美はすんなりと、聡の心に入ってきた。娘が高校に合格したのとはしゃぐ彼女に、告白をした。戸惑う明美にしつこく迫り、OKをもらったときは美容師試験に合格したときよりも、うれしかった。

「少女みたいな人だって、思ってた」

 苦労を苦労とも思わず、またそれを見せない明美のたくましさと、その雰囲気に隠された大人の見識に、聡は甘えていた。
 いまならわかる。
 明美は上手に、年下ということに劣等感を抱いていた聡に甘えてくれていたのだ。

「ほんと、ガキだよな」

 別れを告げられたとき、ひとりで浮かれていただけと知った。12歳の隔たりを思い知らされ、目の前が真っ暗になった。それでも娘の由美が、自分になついてくれているうちは、望みがあるのではないかと思っていた。
 しかし聡と別れて一年と経たぬうちに、明美は弁当屋の店主と再婚をした。

「未練がましいとは、わかっているんだ」

 望みがないとわかっていながら、聡は頼ってくる由美を受け入れ、明美とのつながりを持ち続けた。そして、12年の歳月が流れた。
 28歳だった聡は40歳となり、16歳だった由美は28歳となった。

「なんの因果なのか」

 苦々しく鼻で笑い、冷めたごはんを口に運ぶ。いつのまにか由美は通い妻のようになり、聡は彼女が作り置いてくれる夕食を楽しみに、帰宅をするようになっていた。そして聡が明美に告白をした年齢になった由美が、あんな行動に――。

「大人の女、か」

 由美の大胆な行為に、明美から見た当時の自分がいかに若造だったのかを思い知らされた。同時に、由美はもう立派な大人なんだなという感慨も浮かぶ。

「俺は、本当に気づいていなかったのか?」

 味噌汁をすすり、つぶやく。

「俺は……」

 きれいにたいらげた夕食を前に、聡はぼんやりと考えた。

「由美ちゃんを、とっくに大人の女性だと受け止めていたんじゃないのか」

 由美がここに来なくなるのは、彼氏のいる時期。帰宅して、夕食の準備がされていないのを発見し、一抹のさみしさを覚えた。そしてふたたび帰宅した部屋に食べ物の匂いがうっすらとただよっていると、ほっこりとした安堵に似た心地を得た。

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12の呪縛

12の呪縛不器用な年の差恋愛

著  者
水戸けい
イラスト
国原
レーベル
eロマンス文庫
価  格
454 円(税抜)
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