恋愛選手権、棄権します!

淡い兆し、淡いふれあい
第3回

淡い兆し、淡いふれあい

2016/05/31公開
 今日は遅番で、午後からの出勤だ。
 わたしはあまり寝坊はしない。早番のときほど早起きはしないけれど、朝は6時半には目覚めて活動を始める。
 掃除、洗濯。電気代節約のため、下着や靴下を始め、薄手のシャツやTシャツも洗濯機を使わず手で洗ってしまう。いまの時期は、日当たりのいいところに水を入れたバケツを置いておくだけで温まるので、それを使うようにすると汚れもよく落ちる。

(こういう、みみっちいことには頭が働くのよね)

 天気がいいので、窓を開けて風が入るところに干しておけば早めに乾きそうだ。
 学生時代から使っているデスクトップパソコンで求人情報をチェックする。条件に合った会社がいくつかあるみたいでメールも届いていたが、どうにも気乗りしないまま画面を閉じた。
 何もせず手をこまねいているわけではないのだが、カフェでのアルバイトが充実しすぎてしまい、以前のようなデスクワークに戻る気になれない。

(かといって、この先長く働ける職場となると……アルバイト店員を続けてもしかたないよね)

 調理を始める。時間のあるときにやっておかないと、疲れて帰ってきた日には何も食べられなくなってしまう。コンビニでやたらと高い惣菜を買う余裕はない。今日は作り置き用に筑前煮を作った。
 炊いておいたごはんで塩むすびをふたつ作り、でき上がった筑前煮と小松菜の胡麻和えをランチボックスに詰め、家を出た。
 アルバイトに入るのは午後1時だが、12時前には『ブラッシュ・ノアゼット』の近くの公園にいた。
 芝生がきれいで樹木も多い、緑に溢れた公園だ。平日の昼間なら人もまばらなのでゆっくりできる。木陰の、空いているベンチに腰かけた。
 外でのランチが心地よい季節だ。だから、最近はお弁当を作ってアルバイト前にこの公園で食べることにしている。家でひとり食べるのもつまらないし。
 駆けまわる子どもたち。フリスビーを投げて遊んでいる大学生らしい集団。犬の散歩をするおじいさん。みんなそれぞれ、自由な時間を過ごしている。そんな光景を見ているだけで、なんだか心が安まる気がする。
 ひと息ついて、持参してきた飲み物とランチボックスを取り出した。

「あ、悠里ちゃん?」

 聞き覚えのある声に顔を上げると、目の前に眞人が立っていた。いつもと違う、ビシッとしたスーツ姿で、一瞬誰だかわからなかった。

(ラフな格好もいいけど、スーツもすごく似合ってる……)

 思わずドキドキしてしまった。

「こんにちは。今日はいつもと違う雰囲気ですね」

 そう言うと、眞人がほほえんだ。

「いつもと違うって、そうか、スーツだからか。うん、仕事中なんだけど、ちょっと抜けてきたんだ。疲れちゃってさ。ねえ、一緒にそこ座っていい?」

 わたしはうなずいた。眞人はわたしの隣にどさっと腰を下ろした。

「ランチ、まだですか?」

 尋ねてみた。

「うん……。まだだよ。でも、忙しすぎてまいっちゃってさ、あまり寝てないし、食欲もないんだ」

 眞人はちょっと赤い目で、わたしを見つめた。思わずしっかり見つめ合うかたちになってしまい、胸の奥がドキリとした。

「そうなんですか……。でも、それじゃ体を壊しちゃいますよ。おひとついかがですか?」

 わたしはランチボックスの塩むすびを差し出した。

「ん? もしかして手作り?」

「はい。でも、そんなたいしたものじゃないですけど。すみません、節約中なのでただの塩むすびなんですよ。海苔も巻いてませんけど、よかったら」

「え、ありがとう……。でも、俺がいただいちゃっていいの?」

「大丈夫、おにぎりはもうひとつありますから」

 わたしがそう言うと、眞人は塩むすびを手に取り、かぶりついた。

「あ、うまい! すごくいい塩加減だ」

 眞人はすごくうれしそうに、あっという間に食べてしまった。

「よかったらこちらもどうぞ」

 箸を添えてランチボックスを手渡すと、

「うわ……」

 眞人はつぶやいて、味の染みたレンコンをぱくっと口に入れた。

「これも、すっごくうまい。悠里ちゃん、料理上手なんだね」

「そんなことない、普通ですよ。どんどん食べてください。わたし、家に同じものをいっぱい作り置きしているので」

「じゃあ、ありがたく」

 眞人は夢中になって食べていた。わたしも塩むすびをひとつ食べた。眞人はランチボックスを空にしてしまい、ふと我に返った様子で言った。

「ごめん、もしかしてこれ、悠里ちゃんのランチだよな。俺、昨夜からろくに食べていないうえ寝てなくて、頭がぼーっとしていて」

「大丈夫ですよ、おにぎりをひとつ食べれば、わたしは充分なので」

 わたしはランチボックスを片づけ始めた。おかずの種類も少ないし、お弁当と威張って言えるほどのものでもないのに、喜んでもらえたのでうれしかった。

「ほんとに、ごめん……。でさ、ごめんついでに……」

(え、いったい何?)

 わたしは驚いた。いきなり眞人がわたしの膝の上に崩れ落ちてきたので。

「もうダメ、限界。15分経ったら起こして。かならず」

 そう言った直後に、眞人は寝息を立て始めた。わたしはあぜんとしてしまったが、眞人の体にそっと手を添えた。

 スマホの時計でびったり15分。わたしは眞人を起こした。
 寝かせておいてあげたかったけれど、あれほど眠そうだったのにきっちりと15分、と言うのだから起こしたほうがいいのだろうと思ったのだ。
 眞人はつらそうだったが、なんとか起き上がった。

「ごめん、悠里ちゃん本当にありがとう。おかげで助かったよ。ここで会えて本当にうれしかった。お礼に近々、ごちそうするよ」

「そんなの、気にしないでください、たいしたお弁当じゃないし」

「いや、そうさせて。また店に行きます」

 眞人は急いだ様子で、いなくなってしまった。

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恋愛選手権、棄権します!

恋愛選手権、棄権します!S系男子はカワイイ獲物を逃がさない

著  者
乃村寧音
イラスト
中田恵
レーベル
eロマンス文庫
価  格
454 円(税抜)
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