宝石王子の溺愛ビジュー

宝石王子の溺愛ビジュー
第1回

宝石王子の溺愛ビジュー

2016/10/28公開
「西嶋さん、悪いけどコピー5部追加! 終わったら留めてこっち持ってきて!」

 ふんわりとした髪が揺れる感覚がしたが、そんなことはおかまいなしだ。
 女性に鋭い声が飛んで、西嶋穂香(にしじまほのか)はあわててコピー機に数字を打ち込んだ。
 穂香が働く『ユゥエル・ツキミヤ』は、日本でも最大級の規模を誇る宝石ブランドだ。彼女が働いているのは総務だが、取引先との交渉や請求書の作成などで月末はおおわらわになる。
 社会人になって4年もたつというのに、穂香はいまだにこの忙しさに慣れずにいた。
 宝石ブランドに勤める社員ともなれば、裏方であっても華々しい姿をした人間が多い。上司もまた、午後10時近い現在であってもメイクをいっさい崩していない。
 コピーを終えてステープラーで書類をまとめたあと、穂香はそれを上司に差し出した。

「富田(とみた)主任、ここに書類を置いておきますね」

「ありがとー! ごめんね遅くまで……もうみんなちょっとずつ休憩に入ってるから、西嶋さんも行ってきていいよ」

 せわしなくキーボードを打ちながら、主任は時計をちらりと見た。
 思えば遅めの昼休みからほとんど休みを取っていなかった穂香は、急いでデスクに戻って財布を取った。休憩に入ろうとするほか数人の社員とともに外に出ると、ややひんやりした空気が廊下にただよっている。

「あたしら休憩室に行くけど、西嶋さんもどう?」

「あ……私、お茶を買ってからいくので、先に行っててください」

 そう言って、穂香は先輩や同僚たちとは別の方向に歩きだした。
 行き先は従業員用の休憩フロアではなく、反対にある非常階段だ。
 昼間はともかく、夜になるとほとんど使われないその場所に置いてある自動販売機には、穂香がよく飲むお茶が売られている。

「……やっぱり主任たち、ピリピリしてるよなぁ……」

 ここのところ、経理も遅くまで会社に残っているし、広報はもっとひどい。
 ――というのも、この会社の新作発表と株主総会の時期が近づいているのが原因だ。会社の内外でささやかれるお家騒動がいよいよ本格化してきているのは、平社員として働く穂香も実感している。

(でも、そんなこと私たちにはほとんど関係ないし……)

 社長が変わろうと会長が変わろうと、あわてふためくのは一部の幹部社員だけである。
 現場で働く穂香は直属の上司が変わっても、次の日からは普通に仕事を進めていくだけだ。
 そう思いながら自動販売機のボタンを押すと、階上から誰かが下りてくる。

「お疲れさまでーす」

「あぁ、遅くまでお疲れさま。ホント、最近はどこの部署もたいへんだよねぇ」

「そうですね、やっぱり月末ですし、いろいろせっぱつまってるんでしょうねー」

 どこの部署の社員かはわからないが、夜、この自販機に人が来るのも珍しい。
 顔を上げると、まず相手の顔がわからなかった。まるまる頭ひとつ分の身長差があり、目線を向けるとスーツしか見えない。
 さらに高く見上げると、大きく人懐っこい瞳がそこにあった。

[eロマンスjpの連載情報はツイッターでcheck!]

全話スグ読める電子書籍はコチラ↓

宝石王子の溺愛ビジュー

宝石王子の溺愛ビジュー

著  者
沙布らぶ
イラスト
中田恵
レーベル
eロマンス文庫
価  格
454 円(税抜)
※各配信書店で販売金額が異なる場合があります。

以下の書店名をクリックすると、電子書籍版の購入ページへ移動します。

配信書店の一覧はこちら