「チカの身分を自由民にしたい」

「え、そんなもん結婚すればいいじゃないですか」

「それではチカは真の意味で自由になれないだろう」

 出仕早々に自分の愛玩奴隷の話題を出す上司に、賢明なジルドレは誠実に対応する。
 珍しく仕事以外の話題を出してきたからには、おそらく頭の中はそれでいっぱいなはずだ。
 幸い報告が必要な急ぎの仕事もない。
 書類の整理を続けながら話題も並行させる。

「つまり、教育とちゃんとした身分ですね?」

「そうなるな」

 奴隷を自由民に上げるのには、ふたつの方法がある。
 ほかの自由民に身分を買い取ってもらい家族となるか、自分で自分の身分を買い取るか。
 ほかの自由民と家族になるならばいい。
 保護者が身元保証人となるので、もともとの自由民と遜色のない扱いを受けられる。
 しかし、これは身元引き受け人がいてこその方法であり、奴隷身分でなくとも引き取った人間には依然上下関係が存在する。
 だが、自分で自分の身分を買い取る場合。
 この場合、身元保証は国が行なうので他者との上下関係は存在しない。
 ただし、チカはどこにも縁者の存在しない人間だ。
 信用度は低く、就職にも結婚にも不利となる。
 真の自由を思えば、後者だろう。
 しかし、そこからまっとうに生きていきたいのなら、平均以上の教育と職業技術が必要になってくる。

「幸いチカは文字が読める。頭の回転も悪くない。教育はなんとかなるだろう」

「じゃあ、家庭教師とかの派遣ですかね。チカちゃん、学校に入れるにはちょっと遅いでしょ」

「うむ。手配する」

「しかしどうしたんです、藪(やぶ)から棒に。このあいだまで、ずいぶんかわいがっていたじゃないですか」

 奴隷に教育を施して手放す、これは通常ならありえない行為だ。
 気に入っているなら手元に置いておけばいい。ダグラスの身分を考えると元奴隷を娶(めと)るのはあちこちから反対をされるかもしれないが、方法はいくらでもある。気に入らないなら適当に売るか捨てるかすればいい。
 ダグラスの意図をはかりかねたジルドレが疑問を口にする。

「だからこそだ。彼女を奴隷としてかわいがるだけでは、それはチカのためにならない」

 ダグラスの脳裏を悲惨な末路をたどった『イジマ』がよぎる。
 奴隷のままではいけない。
 だが、身分だけを解放しても生きる力がなければ無意味だ。
 早急に実家のツテで家庭教師を呼ぼう。
 チカの飲み込みのよさがあれば、教養などすぐに手に入れるだろう。
 いつか彼女を自由の身にしたとき、少しは俺を慕ってくれるだろうか。
 そうであればいい。彼女との主従関係をなくしたあとも、俺はチカが幸せになるのをそばで見守っていきたい。
 想像の中のチカが、遠くから振り返りダグラスに微笑んだ。
 なぜかつきりと痛んだ胸のことは気づかなかったことにする。


◇ ◇ ◇


 最近なんだか忙しい。
 ダグラスさんの夜のご奉仕がなくなって、ぐっすり眠れるようになったかわりに、日中はお屋敷に家庭教師のコール夫人が来るようになった。
 コール夫人は大量のテキストと一緒に現われて、一般教養と礼儀作法を教えてくれる。
 おそらく30代、美しい銀の髪に翠(みどり)の目の貴族のご婦人! という感じの彼女は面倒見がよく博識で、私にあらゆることを教えてくれる。
 この国やその周辺の歴史、最低限知っているべき古典文学、お上品な言い回し、発音。気品のある立ち方や歩き方まで。
 読み書きは……読みは問題ないのだけれども、コール夫人が私の書いたミミズののたくったような字を見て眉間に谷間ができたのを見逃さなかった。要練習だ。
 奴隷のそれとは一線を画す教育を与えてくれるダグラスさんの意図はわからないが、晩御飯の時間に何を学んだかを報告するのは楽しい。
 故郷にいたときも、こんなにじっくりその日のことを聞いてもらえたことなんてなかったから新鮮で、それが悲しいときもあるけど。
 もっと家族と関わればよかった。
 いつ別れがくるかなんて誰にもわからないんだから。
 コール夫人とのささいなおしゃべりのあいだにそう伝えると、涙ぐまれてしまった。
 その場でコール夫人の家族の話にシフトし、最終的に旦那さんとの夜の話までいき、愛玩奴隷教育の一環で学んだテクを少しだけ教えてあげたら、白い肌を真っ赤に染めてうなずきながら聞いてくれてかわいかったです。
 ともあれコール夫人と私はすっかり良好な関係を築き上げ、夫人は教養の師、私は性の伝道師(処女)としてお互いに尊敬し合うこととなった。


「チカ、勉強は楽しいか?」

「はい、とっても」

 日中の話をするとき、ダグラスさんはすごく嬉しそうに聞いてくれる。
 だからそれに応える私の声もついつい弾んで、なんだか胸の奥が温かいようなそんな気持ちになる。

「でも、どうしてダグラスさまは、ここまでしてくださるのですか?」

「チカが一人前の淑女(しゅくじょ)になったら教えてやろう」

 ダグラスさんがいたずらっぽく笑う。
 なんだその表情。ちょっとかわいいじゃないか。
 ずるい。
 早鐘(はやがね)を打つ心臓をなだめながらご飯を食べる。
 テーブルマナーも仕込むことにしたらしいダグラスさんに見つめられながら──だから、ぜんぜん落ち着かないけど。

 ダグラスさんは、私にたくさんのものをくれる。
 何か少しでも恩返しができればいい。今度コール夫人に相談してみよう。
 彼女は私がダグラスさんの話をすると熱心に聞いてくれるので、何か案をくれるだろう。


 平和で温かな日々は、あっという間に過ぎていった。

[鳥下ビニール 作品一覧]
異世界で奴隷になりましたがご主人さまは私に欲情しません[4]
異世界で奴隷になりましたがご主人さまは私に欲情しません[3]
異世界で奴隷になりましたがご主人さまは私に欲情しません[2]
異世界で奴隷になりましたがご主人さまは私に欲情しません[1]

[eロマンスjpの連載情報はツイッターでcheck!]

全話スグ読める電子書籍はコチラ↓

異世界で奴隷になりましたがご主人さまは私に欲情しません[2]

異世界で奴隷になりましたがご主人さまは私に欲情しません[2]

著  者
鳥下ビニール
イラスト
国原
レーベル
eロマンスロイヤル
価  格
658 円(税抜)
シリーズ
異世界で奴隷になりましたが
※各配信書店で販売金額が異なる場合があります。

以下の書店名をクリックすると、電子書籍版の購入ページへ移動します。

配信書店の一覧はこちら