あのさんざんなユニコーン狩りから一週間後。
 私の目の前に鎮座する箱、箱、そして箱。
 色とりどりの箱には上質な素材を使ったであろう、ツヤツヤのリボンが結ばれている。
 さまざまな素材感のそれらは、ひとつの店舗ではなく複数の店が関わっているのを感じさせた。
 ちゃんと数えていないのでわからないが、十数個あるそれらが次々と玄関から運び込まれたときには何事かわからなくてぼう然としてしまった。
 乙女チックな雰囲気の箱たちが所狭しと洋室に並ぶ光景はちょっとした洋画みたいだ。
 中身は開けていないが、もしかして先日恐喝(おねだり)した服とかだろうか。
 正直、心当たりはそれくらいしかない。
 しかし、こんなかわいらしい箱でくる服とは。
 フリフリか、フリフリが入っているのか。
 行く場所が図書館か商店街しかないような私にそんなものきても対処しきれない。
 新しい服が欲しいとは言ったけど、こういうのは望んでなかっ――万が一ダグラスさんの私物だったらどうしよう。
 まさかのファンシーへの目覚め。いや、趣味は自由であるべきなんだけど。
 本当はフリルとパステルカラーが好きだったとしたら……。
 ど、どうしよう。
 ドレスの着つけとかできるようになったほうがいいんだろうか。
 そもそも、普通の着つけ方を覚えても、はたしてダグラスさんで可能なのか。
 あの筋肉を包むなら特殊なテクニックが必要だろう。
 コルセットとかどんだけ締めても意味なさそうだ。
 むしろコルセットが負ける。筋肉のかたちに歪む。
 鉄で作ったやつとかならなんとか、いやそれだと鎧だ。
 コール夫人に聞いて教えてもらえるかな、いや、でもたぶんこれ秘密の趣味だろうし――。

「なんだ、もう届いたのか」

 色とりどりの立方体にうろたえていると、背後からなじんだ声が聞こえた。


◇ ◇ ◇


 少女が熱心にカラフルな箱たちを眺めている。
 中身が気になってしかたないのだろう、視線をさまよわせてそわそわとする様はいつもよりさらにあどけなく、愛らしい。
 彼女が好きそうなものを探したかいがあった。
 そんなに気になるなら開けてみればいいのに、主人の帰りを待つ律儀さに笑みがこぼれる。
 自分が用意したものに釘づけになっている様も楽しいが、そろそろ彼女の表情が見たい。
 扉が開く音にも気づかずにいる少女に声をかけると、落ち着きをなくしたチカが裾を揺らしてこちらにくるりと振り返った。

「ダグラスさま! これは……」

 緊張感をあらわにして、チカが語りかけてくる。
 いつも言ってくれる「おかえりなさいませ」もすっ飛ばすほどの興奮ぶりに胸が温かくなる。
 そういえば、あえてプレゼントを用意したのは初めてだ。

「開けてみなさい」

 笑って言えば、唇をきゅっと引き結んで箱を見る。
 喜色というよりも、むしろ戸惑いに染まった瞳だ。
 遠慮よりは喜んでもらえたほうが嬉しいのだが。
 内心で固唾を飲んで見守る中、小さな手がゆっくりとひとつの箱に近寄り飾りひもをほどき、息を飲む音が聞こえた。


◇ ◇ ◇


 まずひとつめの箱の中から現われたのは、穏やかな水色のワンピースだ。チカが手に取って見ると、手触りのいい生地がさらりと揺れる。
 地味すぎず派手すぎず、洗練されているが街で浮かない程度のデザイン。しっかりとした縫製は質の高さを示している。
 シンプルながら上品なデザインのそれをチカはひと目で好きになった。

「気に入ったか?」

 うしろから両肩に手を置かれ、ささやかれた問いに少女は息を止めてこくこくとうなずいた。チカが想像していたよりもずっと実用的なそれは、むしろダグラスが彼女の生活を考えて用意したことがうかがえる。

「ほかのも開けてみろ」

 そううながされて、チカは次々に箱を開けていった。
 中に入っていた物の多くは実用的で洗練されたデザインの洋服で、チカは表情を取り繕うのも忘れて夢中で検分した。

 嬉しい。すごく嬉しい。

 長い奴隷生活でひさしく忘れていた、服への関心がよみがえる。
 おしゃれがどうとかなんて考えたのは何年ぶりだろうか。

 目を輝かせた少女を、ダグラスは穏やかな気持ちで眺めていた。
 恐喝のかたちを取っていたとは言え、チカが初めて欲しいものを口にしたのだ。なんとしてでも叶えてやりたかった。
 ふたりの関係は徐々にダグラスが望む方向へと変わっていっている。上気した少女の頬を見つめて確かな手応えを感じていたところで、その少女が服から視線を外してこちらを見た。

「あの、ダグラスさま、ありがとうございます。でもいいんですか……こんなにたくさん……」

 喜んだと思えばすぐに不安そうな表情をする。
 この娘はとことん自分の幸せというものに懐疑的だ。

「俺がやりたくてやったんだ、素直に喜んでくれ」

「……ありがとうございます!」

 苦笑しながら思ったままを言うと、一拍考えてチカがとびきりの笑顔を見せる。
 そうだ、それでいい。彼女の歓心を得る、それこそが今回の至上命題なのだから。

「どれがいちばんだ?」

 彼女の好みのことは覚えておきたい。
 そう思って尋ねると、チカはじっと服の一群を見つめてから一枚の服を持って見せた。

「私、この色が好きです」

 落ち着いた水色のワンピースを大切そうに持って笑う少女の愛おしさに目がくらむ。
 彼女の首の鉄が外される日はもはやそう遠くはないはずだ。
 そのとき、少女が自らの意思で選ぶ場所が自分であればいいのに。
 淡かったはずの思いは、いまやダグラスの内側をじわじわと炙るように熱いものへと姿を変えていた。


◇ ◇ ◇


 晩御飯前、自室でダグラスさんがくれた服をあらためて検分する。
 ワンピース、ペチコート、ブラウス、スカート、柄タイツ、ズボンに髪飾りと、じつにさまざまな物がプレゼントされていた。
 ちょっと尋常じゃない量だとは思うけど、ダグラスさんが喜べと言ったのだから喜ぶのが礼儀だろう。わーい!
 箱から取り出してはたたんで、ハンガーにつって、大事に仕分ける。たくさんあるのにぜんぜん使っていなかったハンガーたちが、こんなところで役に立つとは思わなかった。
 触り心地のいい布たちは触れるだけで心が躍る。
 新品の服の匂いは異世界でもたいへん素敵だ。
 これで大きい箱は全部だろう。
 あとはこれとこの小さい箱……、リボンをほどいて蓋を持ち上げ、時間が停止した。
 視界に飛び込んできたのは、白かったり、ピンクだったり、水色の、フリフリで、極めて少女趣味の、卑猥な……たぶん、下着。
 なんだかすごく透けているキャミソールや主要な箇所をさっぱり守っていないフリフリパンツ。その他もろもろ。
 複数あるところにネタではない執念を感じる。

 見直したと思った瞬間これだよ!!

 もうひとつの箱もおそるおそる開けてみると、そっちはマトモな下着でした。サイズがぴったりすぎるけど。
 この世界のマトモな下着とは、ブラジャーと紐パンのことを指す。
 お貴族さまはその上にドロワーズを履くらしい。下半身が冷えなくていいね。
 いつ測ったのか、それとも測らずともわかるのが騎士なのか。――騎士すごい。
 ということは、当然そっちのエロ下着もサイズはぴったりなんだろう。確かめてないが確かめる気も起きない。
 どんな顔で買いつけてきたんだ。真面目エリートという称号をいますぐ返上してきてほしい。
 げんなりしているうちに夕食の時間がきたので、自室から出て台所で仕込んでおいた料理を食卓へと運び込むと、それはもうご機嫌なダグラスさんが座って待っていた。

「服は確認したか?」

 煮込みハンバーグにナイフを入れながらダグラスさんが話しかけてくる。
 この世界にお箸はない。いや、この文化圏に、かもしれないが。ともかく煮込みハンバーグって、ナイフはいるんだろうか。

「ええ、ありがとうございます」

「全部確認したんだな?」

「……はい」

 わざわざ強調してきたからには何か意図があるんだろう。わかりたくないけど。
 青灰色の目がこちらをとらえて笑う。
 笑ってはいるが、細まった目に宿る光には熱がこもっている。

「俺は、チカの礼儀正しく、律儀なところを、すごく評価している」

 にっこりと上がる口の端が、言外に『誠意を示せ』と主張する。

「……買いかぶりすぎですよ」

「そうか」

 目を見ずにつけ合わせのニンジンのグラッセを口に入れた。
 私もダグラスさんもそこまで好きじゃないこれを、ハンバーグの横にどうしてもつけておきたくなるのは日本での刷り込みなのかもしれない。
 見なくてもわかる。
 ダグラスさんの期待に満ちた視線をばっしばし感じる。
 たくさんの服をもらったことは嬉しいが、これは一応お詫びの品のはずだ。
 お詫びのお返しに『お礼』とはこれいかに。
 奴隷にすぎた待遇だとは思うものの、これにただ従うのはくやしい気がする。
 この人、最近の開き直りっぷりはなんなんだ。
 自分が勃つと知ったとたん、この迫りよう。
 いままでは自分が押し気味だった自覚があるから、最近の状況が腹立たしい。
 ちらりと目線を上げてダグラスさんを見てすぐに後悔する。
 強面をゆるめてこちらを見る大柄なマッチョのうしろに、ぶんぶんと左右に揺れる犬の尻尾が見えた気がした。
 最初のころは、もうちょっと大人っぽかったような……。
 いつから、どうしてこんな感じに。
 じっと見ていると、はにかみながら目をそらされた。
 ちょっとかわいいな、などとは思っていない。決して。

「もちろん、チカがやりたいようにしてくれればいい。好きなときに好きな物を着て、望むように行動してくれればそれでいいんだ」

 欲を孕んだ光に代わって慈しむような色を宿した目がこちらを見る。
 この目はずるい。この世界に来て、そんなまなざしをくれるのはダグラスさんだけで、そして私はそんなダグラスさんのことを憎からず思っているわけで。
 頭の中で天秤が揺れる。
 義理と好意か、プライドと意地か。
 悩む私を見て青灰色の目が輝く。
 その勝利を確信したような顔に、天秤はがちゃんと倒れて用をなさなくなった。

「――私の好きにしていいんですね?」

「もちろんだ」

 微笑みと共に言質を差し出した変態紳士を見ながら、ハンバーグの最後のひと欠片を飲み込む。
 この人は案外こりないタイプなのだろうか。
 それともワザとなのか。
 無意識、というのがいちばん正解に近い気がする。
 にこりと笑顔を作ると、ダグラスさんも嬉しそうに笑った。

[鳥下ビニール 作品一覧]
異世界で奴隷になりましたがご主人さまは私に欲情しません[4]
異世界で奴隷になりましたがご主人さまは私に欲情しません[3]
異世界で奴隷になりましたがご主人さまは私に欲情しません[2]
異世界で奴隷になりましたがご主人さまは私に欲情しません[1]

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異世界で奴隷になりましたがご主人さまは私に欲情しません[3]

異世界で奴隷になりましたがご主人さまは私に欲情しません[3]

著  者
鳥下ビニール
イラスト
国原
レーベル
eロマンスロイヤル
価  格
648 円(税抜)
シリーズ
異世界で奴隷になりましたが
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