為政者の閨

ブリジット
第1回

ブリジット

2016/12/28公開
 彼女は非常に楽天的な性格だった。
 父王の臨終を機に「ブリジット」ではなかった頃――前世――の記憶を思い出してしまっても、「前世」というのが文化も生活様式も何もかもが違う異世界であったとしても、そして前世では非常に大きな悔いを残して死んでしまっていたとしても、彼女は全てを「まぁいいか」で済ませてしまうような――よく言えば楽天的、悪く言えばズボラな性格の持ち主だった。
 しかし、だからこそブリジットはブリジット足り得たのであって、自らすすんで「変わり者」を演じつつ、軽々と国を背負い列強たちと肩を並べられたのも、そういった性格に起因していたのかもしれない。


◇ ◆ ◇


「おはよう、エイダ。今日も可愛いね」

 着替えを終え、食堂へ向かう廊下で出会った女官に、ブリジットは声をかけた。

「おはようございます、ブリジット陛下」

 ゆったりとした歩みで近寄り、エイダの細腰に手を回す。右手の指先を顎にかけ、視線が合うよう上を向かせた。

「寝室のサイドテーブルに花を飾ってくれたのは、君?」

「は、はい……」

 エイダはブリジットを直視してよいのかわからなかった。目上の者に廊下で出くわした場合、通常であれば端に寄り、頭を下げて相手が通り過ぎるのを待つのが正式な作法である。もちろん、直視するなどもってのほか。であるのに、その目上の者の最たる存在であるブリジットは、エイダに作法を無視することを要求しているのだ。
 ブリジットがにこりと微笑む。切れ長で涼やかな目を縁取っているのは、黒く長い睫毛。その奥で煌めくのは野心めいた翡翠色の瞳。漆黒の髪がさらりと揺れて、きめ細やかな頰を滑った。

「ありがとう。とても素敵な花だったから、今日は朝から気分がいい。でも、今ならこう思う、君が飾ってくれた花も素敵だったけど、今、私の目の前にいる『エイダ』という花の方がよっぽど素敵だと。……キスしても?」

「陛下……」

 不敬にあたるとはわかっていながらも、エイダは見とれずにはいられなかった。自信に満ち溢れ、凜々しく美しく、女性の扱いに長けたブリジットは、女性が思い描く「理想の男性像」そのものだったからだ。
 エイダの熟れたリンゴのような頰に、ブリジットは口づけを落とした。ちゅっ、と控えめな音が立つ。

「朝っぱらから女官を口説くのはやめていただけませんか、ブリジット女王陛下」

 甘い雰囲気をぶち壊すように、苛立つ男の声が響いた。

「ああ、おはようアーサー。こんなに清々しい朝なのにヤキモチ? 私に? それともエイダに?」

「どちらも違います。女王陛下が女性を口説いている所をよその殿方に見られでもしたら、婿の来手がなくなるかもしれないと憂いているのです」

 アーサーが眉間に皺を寄せ不快感をあらわにしている一方で、ブリジットは涼しい顔を崩さない。それどころか愉快だとでも言いたげな笑みをこれ見よがしに浮かべている。

「それならそれでいいじゃない。いっそこのまま男装を続けて妃をもらうっていうのはどうかな? そんなに悪くない案だと思うのだけど」

 ブリジットの性別は、まぎれもなく「女性」であった。
 このマクアードル王国の王族には、十八の歳で立志式(りっししき)を行うまでは、みな総じて男の格好をして過ごす風習が残っている。ブリジットも例にもれず幼少の頃より男装して暮らしていたが、十八を目前にして父王が重い病を患ってしまったため、立志式を先延ばしにしていた。
 そして、その二年後に父王崩御。王の座を狙った男どもから求婚されるのが煩わしかったブリジットは、男装のまま堂々と立志式と戴冠式(たいかんしき)を執り行い、国王――正確には女王――に即位したのだった。
 元々、ブリジットは女性にしては長身であり見目もきりりとして中性的であったため、男性の服装に身を包んでしまえば、誰一人としてその本来の性別を――「女」であると――見抜く者はいなかった。
 男性にしてはわずかばかり細身ではあるものの、服で隠せば目立たない。他を魅了するほど美しく整った容姿に、堂々とした国王たる態度、そして感情に左右されない優れた状況判断能力は、周囲の勝手な誤解――ブリジットはあえて自分の性別を公言しなかった――を煽り、他国の姫君や国内の貴族令嬢から、愛の告白を受けることも少なくなかった。
 しかし、ブリジット本人としても、むさ苦しい男どもに言い寄られるより花のような女の子たちに囲まれる方が嬉しいようで、喜々として毎日胸にサラシを巻きつけている。
 もちろん、そんな内情は高官とブリジットの近くに仕える女官しか知らない。彼女が人前に出る機会を積極的に――作為的に――作ろうとしなかったことにも起因しているだろうけれど。

 エイダと別れ、アーサーと二人で食堂を目指す。

「たとえ妃を貰っても女同士ではお世継ぎを設けることは不可能です。陛下はその辺りをどう考えておいでなのですか。よもや妃に他の男と子づくりをしてもらうなどとは仰りますまいな?」

 依然として虫の居所が悪いのか、アーサーがぎろりとブリジットを睨んだ。もちろん、単なる八つ当たりではない。言ってみれば「ブリジットへのもろ当たり」である。世継ぎは現国王であるブリジットの実子でなければ意味がない。当然にそう思っているからだ。
 念のため述べておくが、ブリジットは睨まれたところで動揺するような女ではない。むしろアーサーが苛々悶々としているのを楽しんで、口元にはうっすら笑みを浮かべているほどだ。

「子は私が産む。男装していたって子は産めるだろう。妊娠中だけ引きこもっていれば、誰にもバレないじゃないか」

「……恐れながら女王陛下。確かにあなたは女性ですが、どれだけ健康な女性であろうと、子種がなくては妊娠など致しません。その子種を、あなたは、どこから貰ってくると仰るのですか! 野良猫じゃあるまいし、相手にもそれ相応の血筋を求めなくてはなりませんよ? マクアードルの国王は実は女王だった。……これほど大きな秘密を知って、そのまま隠して下さる殿方がいらっしゃるとお思いですか!?」

 深刻に考えているようには見えない態度も、アーサーの神経を逆撫でするのだろう。語調が強くなっていく彼を、ブリジットは余裕の笑顔で振り返り、人差し指を彼に向けて何やら妖しく提案する。

「君なんてどうかな?」

「…………」

 ぽかんと口を開けたまま、アーサーはブリジットの瞳を見つめた。

「……お、仰る意味がわかりかねます」

 あはは、と笑ってブリジットが答える。

「君は私の秘密を知っているし、血筋も確かだし、何より男だ。君が私に子種をくれればそれで全て解決するんじゃない?」

 子種。そう言いながら、ブリジットは人差し指の照準をアーサーの下半身に合わせていった。ニヤニヤしながら艶っぽく目を細めるのは、おちょくっているのか籠絡しようとしているのか……。
 アーサーは熱を感じた。頰と耳が、熱を発していると。

「は、はいそうですかドウゾ、と簡単に手交できるものでもないのですが」

「そうだね。手渡せたら楽だろうが、私だって性交渉が必要なことくらい知ってるよ」

「だっ……」

 ――だったら何故、そう簡単に仰るのだ。ま、まさか陛下は私のことを……?

 男装し、女性から絶大な人気を誇るブリジットだが、彼女が「女」であることを知っているアーサーは、女性としての魅力についても感じずにはいられなかった。
 自信に満ち溢れ、常に笑顔を絶やさないブリジット。男の格好をしてはいるが、肌のキメも睫毛の長さも男などとは比較にならない。間近で接すれば接するほどに、彼は自身が惹きつけられてしまうのを、弥が上にも自覚させられていた。
 ただ、ブリジットは国を統べる立場であるから線引きをしていたのであって、もしもブリジットが夫にと望むのならば、彼としては何も抑える必要がなくなる。

 ――この美しい女性が、私のものに……?

 心臓の鼓動が抑えきれず、舞い上がりそうなアーサーだったが、それをどーんと地に落としたのは、ブリジットの言葉であった。

「王族なのだから、望まぬ性交渉も義務だということくらいわかっているよ」

 ――望まぬ性交渉……。

 頬と耳を赤く染めた熱は、
どうやら無駄であったようだ。
 ブリジットにとってアーサーとの性交渉は望まぬことなのだと、そう言われたも同然である。
 宰相である自分が、畏れ多くも女王陛下に何を勝手に期待しているのだと、アーサーは自己嫌悪に陥りかけたが、またしても救ってくれたのはこの女性。

「まぁ、義務とは言ってもできれば見た目の好みくらいは主張させて欲しいよね。家柄、性別、それから見た目。全てにおいてアーサーは及第点なんだけどなぁ」

 ――全てにおいて? ということは私の見た目は……陛下の好み!?

「……いや、アーサーが及第点なら双子の弟君も及第点だったか」

 アーサーには、ウーゼルという名の弟がいた。一卵性の双生児で、性格も見た目も瓜二つ。三十路が近くなったというのに、未だ二人は混同されるほどそっくりだ。
 ブリジットはそう呟くと、アーサーの肩をぽんと叩き食堂へ足を踏み入れた。早く食べよう、と明るく言って。

 ――わざとなのか、天然なのか。上げて下ろしてまた上げて。よく言えば「得体知れず」、悪く言えば「変わり者」と名高いブリジット陛下の側にいる者として、これは慣れるしかないのか。いつになったら慣れるというのか……!

 アーサーは一人、行く当てのない憤りを抱えるのであった。

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為政者の閨

為政者の閨野獣皇帝の終わらない蜜夜【電子書籍版】

著  者
葛城阿高
イラスト
周防祐未
レーベル
eロマンスロイヤル
価  格
1200 円(税抜)
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