藤薫る恋に酔う

[1-1]痕跡のない同級生
第1回

[1-1]痕跡のない同級生

2017/03/31公開
「やっぱり」

 松原美紀(まつばらみき)は小学校の卒業アルバムに向かってつぶやく。

「藤枝薫(ふじえだかおる)なんて同級生、いないじゃない」

 同窓会が終わってすぐに実家に立ち寄った美紀は、卒業アルバムや文集などを探して開き、目を皿のようにして藤枝薫という名前や、彼らしい少年が映っていないかを探してみたが、どこにも載ってはいなかった。

「じゃあ、彼はいったい、何者なの?」

 唇に指をあてて考える。
 藤枝薫と名乗った男は、美紀になつかしげに声をかけてきた。覚えていないと、ぎこちない笑みを浮かべて謝罪すれば、しかたがないよと柔和に返された。ドギマギしたのは、彼の親しげな雰囲気や自分の記憶にないことからくる気まずさからではない。
 彼はとても、美しかった。
 男の人に美しいというのは、表現としては少し違うような気もしたが、彼にはその言葉がしっくりと当てはまった。
 光の加減で、濃紫(こむらさき)にも見える繊細な髪。それが寄り添うように囲っている輪郭は、ほっそりとやさしいまるさを有していた。けれど子どもっぽさはなく、むしろ成熟した男の雰囲気をかもしている。その理由は、深遠な色味を帯びた瞳のせいだろう。彼は老成した目をしていた。とても同い年とは思えないほどに。
 役者のような、という表現ではとても足りない。例えるなら、そう、源氏物語に出てくる光君が実在すれば、きっと彼のようだったろう。なよやかに見えて男らしさも感じられる、絶妙なバランスの美男子。それが、藤枝薫だった。
 これほど美しい人なら、子どものころから、さぞ人目を引いていただろう。しかし美紀の記憶には、少しも残っていなかった。けれど彼は、美紀とよく遊んだと、なつかしそうに語った。

「藤棚(ふじだな)の下で一緒に遊んだことが、昨日のようだよ。種ができればそれを取って、おはじきのように当てっこしたり、糸をつけて首飾りにしたりしたね。花が咲けばブドウのようだと言って、君は手を伸ばしていた。いろいろな物語も、聞かせてくれたな」

 たしかに、美紀はよく藤棚で遊んでいた。校舎よりも、校庭の端にある藤棚のほうが、思い入れが強い。それなのに薫を覚えていないなど、ありえるだろうか。
 美紀が忘れていることなど意に介さず、薫は楽しげにしていた。
 同窓会は、新校舎建設のために取り壊しが決定している講堂で、かつての恩師のあいさつを聞いてから、なくなってしまう校舎や校庭をひととおり見学したあと、近くの和食の店で昼会食という流れだった。薫は周囲に溶け込み、なつかしそうにほほえんでいた。誰も薫を不審がってはいなかった。だから彼は本当に同級生で、美紀が薄情にもすっかり忘れてしまっているだけなのだろう。
 そう思うのに、彼に対して引っかかるものがある。彼は同級生ではないと、美紀の頭の隅で叫んでいる意識があった。
 だから美紀は、解散してから実家に立ち寄り、卒業アルバムなどを出して探してみたのだが、どこにも“藤枝薫”の痕跡はなかった。

「誰なの」

 美紀はそれらを片づけて、実家をあとにした。母が帰ってきたら「結婚の予定は?」「いい人はいないの」など、ため息まじりに言われながら、結婚をした同級生や親戚、母の友人の子どもの話をされるに決まっている。聞き流せばいいだけなのだが、うっとうしい。
 電車に乗り、実家から一時間ほど行った先の、ひとり暮らしのマンションに戻る。フォーマルとまではいかないが、よそゆきではあるワンピースを脱ぎ、カジュアルなワンピースに着替えた。お湯を沸かしカフェオレを淹れて、テーブルに着く。
 頭の中には、薫の姿が浮かんでいた。
 同級生ではないという確信めいたものがある。卒業アルバムにも文集にも、彼は載っていなかった。しかし頭の片隅では、彼を知っていると言っている。彼は何者なんだろう。
 美紀はイスの上で体育座りをした。

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藤薫る恋に酔う

藤薫る恋に酔う仮初の恋人

著  者
水戸けい
イラスト
広瀬コウ
レーベル
eロマンス文庫
価  格
454 円(税抜)
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