藤薫る恋に酔う

[1-2]痕跡のない同級生
第2回

[1-2]痕跡のない同級生

2017/04/03公開
「そうして体をまるめて考えごとをするクセは、変わっていないようだね」

「えっ」

 目をまるくして声がしたほうに顔を向ければ、藤枝薫その人が、小首をかしげてニッコリとしていた。とっさに声が出せずにいると、薫がほほえみながらそばに来た。

「ひさしぶりだね」

 ふわりと、甘い香りがした。その香りを、美紀は知っている。これは花の香りだ。けれど、なんの花だったろう。

「美紀」

 薫の細く長い、けれど男のものとわかる節のしっかりとした指が、美紀の頬に触れた。

「会いたかった」

 しみじみと漏れた声は、めまいを覚えるほどに艶やかだった。

「私……」

 ぼんやりとつぶやいた美紀は、近づいてくる美麗な顔立ちを見つめた。
 彼は同級生ではない。しかしどこかで会っている。いつ、どこで彼と出会っていたのだろう。
 意識にモヤがかかる。
 ぼんやりと見つめていると、唇が重なった。その感覚を、美紀は知っている。そうして誰かと、大切な約束をした。
 誰と、何を――?

「ああ、美紀」

 感嘆の息を漏らした薫の息が、美紀の口内に注がれる。魂が甘い香りのする霧に包まれたようだ。美紀は吸い込まれるように、薫を見ていた。

「キレイな黒髪だったのに、茶色くなってしまったんだね」

 薫の指が髪に触れる。黒髪では重く感じるからと、美紀はブラウンに染めていた。少しパーマのあたっている、肩のあたりで揃えられた美紀の髪を、薫はいとおしそうに手のひらに乗せて唇を寄せた。
 彼が動くごとに花の香りが広がり、皮膚に染み込んでくる。そのたびに美紀の意識や感覚が、眠りにつく寸前のように鈍っていく。

「あなたは、誰」

 そのひと言さえもおっくうなほどだ。重さや芯といったものが、体から消え失せる。
 薫は上品に目もとを細め、薄く血色のいい唇でささやいた。

「約束どおり、また共に過ごそう」

 甘美な猛毒のように、あらがいがたい力を持って響く声が、美紀の中心に届く。

「約束」

「そうだ、美紀……そう、求めただろう」

 体が浮き上がる。たおやかとも言える彼の姿からは想像もできないほど、しっかりと抱き上げられている。美紀は眠りのふちに漂っているような心地のまま、ベッドに運ばれた。

「ねえ、藤枝君」

 美紀の唇に、薫の人差し指が当たる。

「薫、と」

「薫」

 催眠術にかかったように、美紀は口にした。ほめるように笑みを浮かべて、薫が美紀の頭をなでる。
 この手を知っている。
 美紀は手を伸ばして、薫の頬に触れた。両手で彼の顔を確かめ、髪に触れ、細く長い首にある、喉仏を指でなぞる。

「私、あなたを知っているわ」

「当然だ。共に過ごしたことがある」

「卒業アルバムには、載ってなかった。……もしかして、途中で転校したの?」

 薫は愉快そうに眉を動かし、美紀の額に口づける。

「あれから、どのくらい経ったのだろうな」

 答えるつもりはないのだと、美紀は察した。思い出させようとしているのだろうか。

「もうすっかり、大人の女性だ」

 どういう意味だろう。

「あなただって、大人になったでしょう」

 薫はさみしげに目を細める。違うと言っているように見えて、美紀は首をかしげた。

「美紀」

 花の香りに襲われる。足もとから、ぞわぞわと甘く妖艶な震えが這い上がった。

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藤薫る恋に酔う

藤薫る恋に酔う仮初の恋人

著  者
水戸けい
イラスト
広瀬コウ
レーベル
eロマンス文庫
価  格
454 円(税抜)
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