淫魔に捧げた肉体

[5-1]想起
第21回

[5-1]想起

2017/04/20 ~ 2017/04/27 まで公開
 人のうめき声、子どもの泣き声が混ざるいつもの難民キャンプはアンデス山脈の険しい山岳地帯にあり、早朝は震えるほど寒い。

「ドクター、苦しい、苦しい」

 10歳に満たない男の子が彼に向かって苦しげに手を差しのべる。高熱でうなされ、皮膚にひどい発疹があった。
 仁雄はその子の手を握ってやり注意深く発疹を診ていた。
 表情に出ないように注意しながらサンプルを採取していく。これは天然痘の症状に非常に近い。このテントには30名ほどの病人が現在治療を受けていた。いまいるほとんどの患者が同じ症状だった。
 仁雄はその子の手をそっと離すと、静かに立ち上がった。看護師に指示し、次の患者へと向かう。そのとき「ドクター・カイ、ドクター」と自分の名を呼ぶ別の子どもの声が聞こえ仁雄はそちらに振り向いた。
 この少年も10歳くらいのやせた子どもだ。スペイン語で「ドクター・カイを探してるって人が外にいるよ」と言った。
 少年はひとなつっこく笑うと仁雄の手をつかみ、外へ引っぱっていく。
 少年はキャンプから出てどんどん早足で歩いていく。引っぱられながらも人影を探すが、砂ぼこりがひどく、視界がよく見えない。

「よく見えないな」

 ひとりごとのようにつぶやくと、少年は仁雄に振り向き満面の笑みを向けた。

「ほら、あそこにいるじゃない」

 そう言いうと、少年は仁雄の手を離し駆け足で去っていった。
 仁雄は目をこらして少年が指差したほうを見るが、誰かがいる様子はない。けげんに思いその場所に近づいていく。

「私がドクター・カイだが」と、言った直後、耳をつんざくような爆音がしたと同時に体が熱波に巻かれ宙に浮いた。
 浮遊感に視界が赤く染まっていく。
 爆破だ――!
 そう叫んだのかどうか定かではない。次の瞬間地面に叩きつけられていた。
 真っ暗な世界、金属的な音を耳もとで鳴らされているような耳鳴りがしたあと、すべての音が遮断された。体中が燃えるように熱く感じたのは一瞬で、そのあとは何も感じない。
 俺は……死んだのだろうか?
 確かめるのが怖かった。死んだらどうなるのかなど医師である仁雄にすら未知の世界だ。
 そっと重いまぶたを開けようと試みるが、まるで何かがまつげにこびりついているかのように、簡単には開けることはできなかった。
 ゆっくりと慎重にまぶたを開ける努力を辛抱強くしていると、こびりついているまぶたに隙間ができた。
 仁雄はその隙間からこらして外を見てみる。
 視界は白く煙りまったく何も見えない。
 そのときかすかに光が差し込んだ。声に出して助けを呼びたいがそれは喉奥で滞り声にはならなかった。いや、聞こえていないだけで、しっかり声を発していたのかもしれない。
 耳が正常に機能していない状態ではそれもたしかではなかった。
 光のほうに目をこらすとそれは徐々に近づいて来て、黄金色に輝きだした。
 仁雄の脳裏によぎったのは救助隊が駆けつけてきてライトを照らしているのだということだ。
 自分はまだ生きていて、救われたのだと心底安堵した。
 そのとき、聞こえないはずの仁雄の耳に誰かの声が届いた。

「まだ死にたくない。そうおまえは訴えている。そんなに死ぬのが嫌か?」

 ――だ、誰だ? 死ぬのが嫌かって? 嫌に決まっているだろう。助けてくれ。俺にはまだするべきことが残っているんだ!

 必死に訴えるが、それが声になっているのか、このときでも仁雄はわからなかった。

[泉怜奈 作品一覧]
女王さまは下僕に溺れる SとMの淫楽の鍵
ヴァイオリニストの潤愛 乙女は極上の快楽に喘ぐ
愛執の忘却 囚われた身体と消せない淫欲
再会の罠 狂おしく抱かれ乱されて

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淫魔に捧げた肉体

淫魔に捧げた肉体

著  者
泉怜奈
イラスト
純友良幸
レーベル
eロマンス文庫
価  格
454 円(税抜)
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