スイーツとヤンデレ?

[2-1]白雪姫と毒リンゴ
第3回

[2-1]白雪姫と毒リンゴ

2017/05/02公開
「ええっと、この角を右に曲がってと――」

 スマホのナビに従い地上に出れば、ほどなくして赤レンガ造りのこぢんまりとした建物が見えてきた。緑のツタが外壁を這いロマネスクの看板に巻きつかんとしている。
 英国を意識した前庭には彩り豊かなバラとハーブが植えられており、風に揺らされるたびに甘くもさわやかな香りが漂う。
 おとぎの国に迷い込んだようなそんな気分で春華はドアノブを回した。
 ドアベルの涼やかな音と共に「いらっしゃいませ」と落ち着いた声が聞こえてくる。ほほえむ店員たちは英国の使用人を意識した清楚な黒のロングワンピースを見事に着こなしている。 

(ほ、本格的……!)

 内装も洋館を意識しており、なかなかに凝っている。店舗奥は喫茶店となっており、ケーキと一緒にお茶を楽しめるようだった。

「あっ、急がなきゃ」

 閉店時間も迫り、春華以外にはスーツ姿の男性客がひとりだけ。
 男性は冷蔵ショーケースに熱心に目を向けていて、春華には気づいていない。ケーキの数も少なく春華は必然と男性の側に近寄るかたちとなる。

「わぁかわいい……」

 春華の目に入ったのは“白雪姫と毒リンゴ”という名のケーキ。
 レアチーズケーキのまるい土台の上につややかな赤リンゴが乗っている。まわりはベリーで彩られ、熟れたリンゴをうっとり見つめる白雪姫のシルエットプレートが刺さっていた。
 ほかにも数種類ケーキがあったが、いちばん魅力的に映ったのはそれだった。

「あの――」

 店員にオーダーしようと春華が視線を上げると、隣の男性客の横顔が目に入った。
 まぶたにかかる漆黒の髪と鋭い瞳。顔立ちは整っており、まつげも長い。
 疲労のためか少々くたびれた様子だが、ケーキが溶けそうなくらい熱い視線で品定めしている。熱心な姿に春華は目を奪われてしまっていた。
 腕組みしながらショーケースに視線を注いでおり、ときおり顎に手をあてて悩むしぐさも絵になっている。

(あっ――)

 男性がふとショーケースから顔をそらしたとき、春華と視線が交差した。
 目が合ってしまったことに双方驚きの表情を見せたが、気まずさを越えたなにか――運命めいたものを感じ互いに目をそらせずにいた。
 そのあいだ、五秒もあっただろうか。我に返った春華は頬を赤らめ謝罪する。

「ご、ごめんなさい!」

「――はっ! いいえ。こちらこそ気づかずに申し訳ありません」

 自分のせいで春華がケーキを選べずに困っていると思ったのか、男性はショーケースの前から二、三歩離れた。

「えーと……」

「お気遣いなく。私はここの常連なので遠くから見てもだいたいわかります」

 低めの甘い声とやさしいほほえみ。春華は思わずドキッとしてしまった。俳優に魅せられたような――恋にも似た胸の高まりに息が苦しくなる。

(ど、どうしよう。緊張してきた。なんだか恥ずかしすぎて帰りたい)

「だ、大丈夫です。お先にどうぞ……」

 なんとかそれだけを絞り出すと、春華は無関心を装うようにスマホを取り出し、通知も新着メールもなにもない液晶を一心にチェックする。

「そうですか。それじゃ、お言葉に甘えて……」

「――っ!」

 春華の右耳もとで声が聞こえ、思わず顔を上げてしまう。
 確かめようにもそこにはうっすら桃の香りが残るのみで、男性はとくに変わった様子もなく店員に声をかける。

「――すみません。“白雪姫と毒リンゴ”をひとつ」

 その声と共に最後のケーキが箱に詰められた。
 ひとめ惚れし購入しようとしていたケーキだが、春華は不思議と残念な気持ちにはならなかった。むしろ「王子さまが迎えに来たんだな」と納得すらした。
 男性が財布を取り出したのを確認し、春華はショーケースに近づく。
 どうやら童話モチーフのケーキはあれで最後だったようだ。
 残っているケーキのなかで気になる のは“庭の薔薇”という名の桃のヨーグルトムース。スライスした桃を重ね合わせ淡いピンクのバラを象っていた。

(これもかわいいし、おいしそう)

 手の空いている店員はいないかと、春華はカウンターの奥をのぞき込んだ。

「桃井さん」

「はい?」

 名を呼ばれ反射的に振り向くと先ほどの男性だった。

「“白雪姫と毒リンゴ”です。召し上がってください」

「えっ?」

 状況がうまく飲み込めず春華は混乱した。
 初対面であるはずの男性になぜか名を呼ばれ、欲しかったケーキを差し出されている。

(……知り合いだっけ?)

 小首をかしげ春華は考える。
 なぜならば男性はいたって自然な様子で、自分がこの男性のことをすっかり忘れてしまっているのではないかと思えてきたからだ。
 前職場の同僚、取引先の方、友人の友人……。
 思い出せるかぎり思い出してみたが、誰なのかわからなかった。

「どこかでお会いしました?」

「ふふ、さぁ? でもまずは胸もとを確認されたほうがよいかと」

 意味深なほほえみが気になったが、続いた言葉に理由がすぐにあきらかになった。
 胸もとには社員証。どうやら首から下げたまま退社していたらしい。

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スイーツとヤンデレ?

スイーツとヤンデレ?私の王子さまはなんでも知っている

著  者
師走幸希
イラスト
風凪ひかり
レーベル
eロマンス文庫
価  格
454 円(税抜)
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