白骨の貴方に臓物と愛を[2]

淫する執愛 ―― 美姫は死神を渇望す
第1回

淫する執愛 ―― 美姫は死神を渇望す

白骨の貴方に臓物と愛を
2017/05/26公開
 国王からヒューゴの呪いを解く期限を二週間と定められて、はや一週間が経過した。
 ヒューゴと再会を果たしてから三ヵ月と少しが経ち、呪いをなんとかしようとマルリは必死で調べたが、なんらの手がかりも得られていなかった。それが尻を叩かれたからといって、たったの一週間ですぐに打開策が見つかるわけでもない。
 マルリは時間を惜しむように、朝から晩まで寝食を忘れ、ヒューゴの研究室にこもっていた。

「マルリさま」

 虫食いの目立つ古書を捲るマルリに、背後からヒューゴが声をかけた。けれど、返事がない。

「マルリさま」

 ふたたび呼んだ。今度は少し、大きな声で。

「……なに? いま、私を呼んだかしら?」

「はい。……マルリさま、睡眠をとっていらっしゃいますか? 食事は? ……無理をなさっておいでではありませんか?」

 見るからに、マルリの顔色は青白かった。やつれたようにヒューゴは思う。
 マルリは気丈に笑ってみせた。

「平気。私が好きでしていることよ」

「けれど」

 マルリは腰を上げた。獣道より通路としてはできの悪い荷物の山の合間を歩き、椅子に座るヒューゴの前にすらりと立って見下ろした。
 手を伸ばし、頬骨に触れる。親指を横に動かすと、コツコツコツ、と次々に歯が指の腹に当たった。
 骸のような姿を見ながら、マルリはかつての彼を想った。笑ったときに口からのぞく、規則正しく並んだ歯。唇も頰肉もすべて失ったいま、それはとてもよく見てとれた。
 私が泣いていると決まって、微笑みながら慰めてくれたっけ。
 目の前のヒューゴには骨格を覆う肉がないから、表情がいっさい作れない。彼の代わりとでも言うように、マルリのほうが微笑みを浮かべた。

「マルリさま? どうなさったのですか?」

 その微笑みの理由を、ヒューゴはつかみかねている。
 表情を作れないヒューゴの感情は、その声色からしかわからない。つまり彼と話す以外に、彼の抱く感情や考えていることを知る術はない。そんなところもきっと、彼が周囲に恐れられる所以なのだろう。
 けれど、いくら表情があるからといっても、表情だけで相手のすべてがわかると言うのは、思い上がりにもほどがある。現にいま、ヒューゴもマルリの微笑みの理由がわからないのだ。

「かならず、元に戻すから」

 マルリが微笑んだのは、なつかしい過去を回想したから。それと、彼を安心させるため。
 マルリの言葉はヒューゴに言ったようでいて、実際は自分に言い聞かせるためのもの。彼の呪いを解かなければ、ふたりの未来は一生重なることはなくなる。そんなことは避けねばならない。いくら時間が足りなくとも、弱音など吐いている暇はないのだ。
 頰に添えられた細い指伝いに、ヒューゴの指がそろそろと触れた。手首から腕へとゆっくり這いながら、骨が肉に食い込まぬよう、力を抜いて、いたわることも忘れない。
 マルリはもう一度つぶやく。

「ヒューゴは私にまかせていればいいの。かならず、この私が、あなたの呪いを解いて――」

「それは、あと一週間以内に……ということですか?」

 一週間。
 ヒューゴの口から飛び出したのは、マルリが父王に与えられた期限の残り時間と同じだった。
 父王と交わした――有無を言わさず取りつけられた――約束を、マルリはヒューゴに意図的に伝えていなかった。日ごろからヒューゴは、マルリが呪いを解こうとしていることを、拒絶はしないが積極的な協力もしていなかった――諦めていた――からだ。
 ぽっかりと穴が空いただけの眼窩にはどんな景色が見えているのか、マルリには定かではなかったが、ヒューゴが呪いを解くことを諦めていることはわかった。

 無駄です。おやめください。お戯れを――。

 否定的な言葉しか口に出さないヒューゴなら、父王との約束を伝えたとしても事態の好転につながるとは思えなかった。だからこそ、あえて言わなかったのだ。呪いを解くのも自分だと、マルリが決めていたこともあるけれど。
 そして、何より、「自分を見捨てるのか」と誤解されるのが怖かった。

「カイルから聞きました」

「カ、カイルが……」

 聞いた、とは、どこまで聞いたのだろうか。
 カイルが話したということは、ヒューゴの呪いが解けなければマルリはどうなってしまうのか、すべて彼は知ってしまったのだろうか。
 椅子に座ったままヒューゴはマルリを見上げていたが、言いよどんでいるうちに、ふっと視線をマルリから逸らした。

「カイル・ペテルセンは女性に騒がれるような見目麗しい容姿ですので、遊んでいると誤解されることも珍しくありません。しかし、実際はとてもまじめな男です。昇官も内定していますし、家柄だって問題ない。カイルになら、安心してあなたさまを――」

「やめて」

 いまにも離されようとしていた手を、マルリは強くつかみ上げた。

「国王陛下がお決めになったのなら、カイルはおろかあなたさまも拒めないはず。それでいいのです、きっと幸せな未来が待っている」

 マルリの手が、小さく震え出した。ギリギリときしむ音がしそうなほどヒューゴの腕をつかみながら、動揺の様子が隠せない。

「やめてよ。どうしてそんな突き放すことを言うの? 私はあなたをずっとずっと好きだったのに」

「マルリさまはただ、恋に恋しておられるだけです。私といては、いつか後悔するときが来ます」

 目に涙をため、唇を噛みしめながらマルリは頭を左右に振る。

「そんなことないわ。私は真剣よ、この想いを否定しないで」

「俺だって! 俺だって真剣に申しているのです!」

 ヒューゴはマルリの手を振り払うと、勢いよく立ち上がった。マントに手をかけ脱ぎ捨てると、魔導師の装束を止めているベルトにも手をかけた。

「よくご覧ください」

 衣がこすれる音が響く。しゅるりとベルトが外されると、前のあわせもはらりとはだけた。シャツの留め具を外したあとは、白い骨と虚しい空間がヒューゴの中から現われた。

「俺には、男らしい胸板がない。……いや、貧相な胸板すらない、いっさいの肉がないのですよ」

 荒く繰り返される呼吸に合わせて、ヒューゴの胸骨が動いている。

「これであなたさまを満足させられる? 子をなす以前に、性器すらない。子どもどころか女性としての悦びも、俺にはあなたさまに与えることができないのに」

「で、でも――」

 マルリの言葉を待たずして、髑髏が天を向き笑い声を響かせた。生者に擬態した死者が、正体を見抜けないとはなんと愚かなことかと、まるで嘲笑っているかのようだ。

「はははっ、ほかの方法を考えろと? これまでと同じように、これからも指で? それとも、張り型でも使ってみましょうか」

「だから、あなたの呪いは私が解くと――」

「解けるわけがない!」

 珍しく、ヒューゴが感情をあらわにしている。聞いたこともない強い言葉に、マルリは肩をびくりと揺らした。

「俺がこの体になってから十年間、元に戻る方法を何も試さなかったとお思いですか? 俺がこの体を、不自由に感じていないとでも!?」

 マルリの大きな目から涙がひとすじ溢れたのを見て、ヒューゴは我に返った。言いすぎたと悟った。彼女がゆっくりうつむく様に、後悔が怒涛のように押し寄せる。
 しかし、もうどうにもならないのだ。
 王族に対する無礼を謝罪せねばと、ヒューゴはあわてて息を吸う。

「……愛してるの」

 ヒューゴが謝罪をする前に、マルリがぽつりとつぶやいた。うなだれたような二本の腕は、はだけたままの服の縁をしわが寄るほどがっしり握りしめていた。

「私はあなたじゃないと嫌よ! ヒューゴがいいの! ヒューゴしか欲しくないの! あなたがいまの姿に不自由しているというのなら、私にもっと協力なさいよ! 私がかならず解くんだから!」

「解けるわけが――」

「解けなくても! 万一解けなくても――解くけど――、私はあなたがあなたであれば、それで充分好きなのよ!」

 服をつかんだマルリの手が、ふたたびヒューゴを椅子に座らせた。
 頰にできた涙の筋を拭き取ることもしないまま、マルリは服を脱ぎ出した。リボンを解き、ボタンを外し――いくつかは外れる前にちぎれて飛んでいったかもしれない――、あっという間にあられもない姿になってしまった。
 身につけているのはコルセットだけ。その上部からは、豊かな胸がのぞいている。白い肌、細い腰、どこからともなく匂い立つ、雄を誘う花の香。

「まだわからない? こんなにあなたを愛しているのに。手も、顔も、胸も、……私の体のどこだって、あなたに触れたくて……触れられたくてたまらないのに」

「マルリさま」

「あなたに名を呼ばれるだけで、私がどれだけ嬉しいか。骨の姿がなによ、呪いがなによ!」

 マルリは背をかがめ、ためらうことなく胴の隙間に両手を入れて、肋骨の隙間に内側から指をかけた。

「マ、マル――」

「こうやって、肋骨を内側からわしづかみにしてしまえば、あなたは私から逃げられない」

 胸骨と肋軟骨の境界を指の腹で愛おしげになでながら、マルリは穏やかに語る。

「手の骨格は、何個の骨からできているか知っている? 二十七個よ? 両手合わせれば五十四個。それを、ひとつひとつ、私は愛でることができるの」

 床にひざをつき、ヒューゴの両脚のあいだに、己の胴をすべり込ませる。

「背骨のひとつひとつに触れて、骨盤や肩甲骨のすべすべの面に触れて、余すところなくあなたを愛せる。誰にも渡さないわ。この骨の、末節骨のひとつ、耳小骨のひとつだって、絶対に誰にも渡さない、すべて私のものなんだから」

 見下ろしたまま固まるヒューゴに笑いかけ、彼の下腹部に顔を埋めた。もちろんそこには骨しかない。
 深く顔を突っ込んで、骨盤上部に位置する腸骨にゆっくり舌を這わせていった。


「あ、マ、マルリさま――」

 七個の頚椎、十二個の胸椎、五個の腰椎、そして仙椎。横突起と棘突起のひとつひとつを確認しながら、上から下へと手をくぐらせつつ、腸骨の輪郭をなぞるようになめ白い骨を濡らしていった。
 ヒューゴは声も出せないでいる。マルリからにじみ出る狂気を目の当たりにしたからだ。

「陰茎も前立腺もないけれど、きっと探せばどこかに淫欲を満たせる場所があるはず。それに……」

 マルリが立ち、ヒューゴの片手をある場所へと導く。

「張り型……ですって? そんなもの使わなくても、私は、……っん……」

 ヒューゴの指を、己の秘所に埋めていく。それほど濡れてはいなかったが、細い指節骨一本程度なら難なく奥へと入っていった。

「あなたのこの、白い指も……っ大好き、なのっ」

 耳まで真っ赤にしながらも、マルリは行為をやめようとはしない。

「ヒューゴ……好き。好きよ。大好きよ。触れて。骨の体ではむなしいと言うなら、足りないものを補えるほど、思うぞんぶん私に触って」

 涙。
 ふたたび、マルリの頰を涙が伝った。快感から眉間にしわを寄せていたが、くしゃりとその表情が歪んだ。不安と恐怖がそこにはあった。

「お願い。私を……棄てないで」

 なぜ。
 なぜ俺があなたを。
 棄てるわけがない。棄てられるのは、どう考えても俺のほうだ。
 頼むから、俺を――

「マルリ……さまっ」

 暴力的な愛情。執着。腹の中で混ざり合って変わり果て、獣のように咆哮したくなるほどの破壊衝動。
 ぶつけた。
 お互い、ぶつけ合った。

[葛城阿高 作品一覧]
為政者の閨 野獣皇帝の終わらない蜜夜

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白骨の貴方に臓物と愛を[2]

白骨の貴方に臓物と愛を[2]

著  者
葛城阿高
イラスト
国原
レーベル
eロマンスロイヤル
価  格
648 円(税抜)
シリーズ
白骨の貴方に臓物と愛を
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