ケモノみたいに愛して!

[1-1]アクシデントに見舞われて
第1回

[1-1]アクシデントに見舞われて

2017/05/26公開
 春、3月。
 卒業や入学や転勤などで生活が変わる人が多いこの時期に、わたしの生活も激変することになった。
 桜が咲き、そして散り始めたが、今年は花見をしている余裕はなかった。仕事を辞め、専門学校に通うことにしたからだ。
 26歳という微妙な年齢なのに、結婚資金のつもりで貯めていたなけなしのお金を入学金と授業料に充てるというのは、わたしにとっては大きな決断だった。
 ひとり暮らしなので生活費が足りなくなってしまうが、そのぶんはアルバイトと残ったわずかの貯金と節約生活で補うつもりだ。

(きっと、ギリギリの生活になるだろうけれど……)

 夢を叶えるためにはしかたない。

「沙良(さら)ちゃん、本当に今日でいなくなっちゃうんだね……」

 退社時間が迫った夕方、二年間一緒に働いた、同じ派遣社員の弓香(ゆみか)が、後片づけをするわたしのそばに来て寂しそうに言った。

「この会社にはまる四年お世話になったから、わたしも名残惜しいよ」

 派遣社員ではあったが、アットホームなところがあり働きやすい職場だった。大手の建材メーカーで、研究所は地方に散っているが本社ビルは東京にある。最近は海外への輸出も多く、世界を飛び回っている営業マンも少なくない。

(渉(わたる)はたしかいま、深圳(しんせん)に出張中だよね)

 ふと考えてしまい、わたしは頭を振った。

(いけない、いけない。もう渉のことなんか、考えないって決めたんだから)

 そう思っているのに、弓香がふとフロアを見渡して言った。

「あ、沙良ちゃん、伊部(いべ)さんがこっちに来るよ。中国出張から帰ってきてたのかな?」

 わたしは思わず身を強張らせた。できれば伊部渉(いべわたる)とは顔を合わせずに退社したかったから。でもこうなってはしかたない、なるべく普通にしなければと、わたしは表情を取りつくろった。
 渉はわたしの元カレだ。
 一年前に別れた。原因は、わたしのやきもちだ。渉が仕事で忙しかった時期に、いつも一緒にいた先輩女性にやきもちを焼いてしまった。くだらないことだったと思うが、そのときには必死だった。
 たった一年前のことなのに、なぜかそれらのできごとがすごく遠く感じる。いま思えば自分はずいぶん子どもだったのだなと思う。
 まあ、すんでしまったことをくやんでもしかたない。

「辞めるって聞いてびっくりしたよ。急だよな、なんで?」

 渉が目の前に来て言った。営業マンとして歴戦の勇士である渉は、常にスーツ姿がビシッと板についている。身長178センチで細マッチョな体つき、キリッと整った顔立ちは、素直にカッコいい。別れたというのにこうやって目の前にすると、ふたたびときめいてしまいそうな自分がいた。あわててそれを抑え込んで答えた。

「会社には前から話してたよ。べつに急じゃないよ」

「辞めてどうするんだよ。まさか、男か? 結婚か? お見合いでもしたのか?」

 もしそうだったとしても一年も前に別れた元カレに文句を言われる筋合いはない。周囲はこちらに聞き耳を立てているらしく静まり返っている。

(マズい……)

 わたしと渉はかつて公認のカップルだったから、別れたこともみんなが知っているのだ。はっきり言って、すごく恥ずかしい。

(渉は、恥ずかしくないの? どうだっていいじゃん、たとえ結婚するんだとしても! 違うけど!)

 わたしはことさらに静かに答えた。

「専門学校に行くの。動物看護士とトリマー、両方の資格を取るつもり。だから会社を辞めるの」

 渉は一瞬黙って、うなずいた。

「……そっか。勉強するために辞めるのか。それならしかたないな。でも、そのあいだ仕事しないで生活はどうするの?」

「アルバイトはするよ。渋谷の猫カフェに面接に行ったら採用してもらえたの。しばらくは貯金とバイトで食いつなぐつもり。大丈夫、そのへんもちゃんと計算ずみだから」

「やっていける?」

「たぶん。ま、ぜいたくしなければ」

「たぶんって……。そうか、わかったよ。資格を取るためならしかたないよな。考えた末でのことなんだろ? でもさ、何があるかなんてわからないから、もし困ったことがあったら、俺に言えよ」

「ありがとう、あいかわらずやさしいね。ま、でもわたしになんかかまってないで、早く次の彼女作ったほうがいいよ。渉は引く手数多なんだからさ」

 わたしは話を切り上げ、退社にあたって総務に持っていく書類をそろえ始めた。

[乃村寧音 作品一覧]
クールなイケメンはぽちゃガールを溺愛したい
恋愛選手権、棄権します! S系男子はカワイイ獲物を逃がさない

[eロマンスjpの連載情報はツイッターでcheck!]

全話スグ読める電子書籍はコチラ↓

ケモノみたいに愛して!

ケモノみたいに愛して!元カレの不器用な独占欲

著  者
乃村寧音
イラスト
中田恵
レーベル
eロマンス文庫
価  格
454 円(税抜)
※各配信書店で販売金額が異なる場合があります。

以下の書店名をクリックすると、電子書籍版の購入ページへ移動します。

配信書店の一覧はこちら