ケモノみたいに愛して!

[1-3]アクシデントに見舞われて
第3回

[1-3]アクシデントに見舞われて

2017/05/30公開
「アパートでボヤが出たんだって? おまえの部屋ではないんだな? 大丈夫なのか?」

「真上の部屋から出たの。わたしの部屋じゃないよ。大丈夫ではないみたいだけど……。でもなんでこのこと知ってるの?」

「弓香ちゃんから連絡が来たんだ。これからそっちに行くよ」

「え。いいよ来なくて」

 電話が切れた。

(渉に来られても……)

 そう思ったけれど、行き先が決まらなければここから動けない。猫を連れていける場所は限られている。
 ホテルが無理なら、とりあえず今夜寝るところを探さなければならない。

(大丈夫、誰かいるよ……)

 祈るような気持で友人たちに連絡を取ったが、こちらも猫が一緒となると難しかった。アパートが厳しいから、アレルギーだから、彼氏と一緒に住んでいるから、今夜用事があるから。
 急なのでしかたないと思いつつ、徐々に追い詰められた気分になっていった。
 電話しているうちに、疲労感が強くなってきて、連絡をとるのをやめてしまった。まだ春先だからか夜になると肌寒い。風邪を引いてしまうかもしれない。

(もういいや。今夜はあのびしょびしょの部屋で過ごそう。なんとかなるよ……)

 火事のせいで電気も止まっているのになんとかなるとはとても思えなかったが、そこしかないのだからしかたない。
 疲れきった体を押して立ち上がると、うしろから肩をつかまれた。振り返ると、

「渉! ずいぶん早い……」

「弓香ちゃんから連絡をもらったとき、品川だったからな、ちょうどよかった。部屋はどうなってる?」

「水浸し。電気も止まってる。明日から修理が入るって」

「今夜の宿は? 不動産屋とは話した?」

「猫がいるから、ホテルも仮住まいも紹介できないって……」

 ひとりで耐えていたので、渉と話をしているうちに感情がゆるんできた。泣きそうになってしまったがこらえた。

(わざわざ来てくれるなんて、心配してくれたんだな……ありがたいことだよね)

 焼け出されるなんて初めての経験だ。一生こんな目に遭わない人だって多いだろう。戸惑いながらも、渉の姿を見てホッとしている自分がいた。
 そんなわたしの気持ちをよそに、渉はあっさりと言った。

「じゃあ、うちに来ればいいよ。うち分譲マンションだし、ペット可だから」

 わたしはあわてて断った。

「行かない。大丈夫、今夜はアパートに泊まるから」

「無理だよ、水浸しで電気も止まってるんだろ?」

 そのとおりなのだが、渉に頼るというのも気が引けた。

「でも……」

「冷静に考えろよ、そんなところで寝られるはずがないだろ。パンだって居場所がないよ。それより、中見せて。あと、荷物ももう少し持ち出せるんじゃない? 俺、一緒に運ぶから。パンのトイレとか、エサとかもあるだろ?」

「いいけど、ほんと水浸しだよ」

 決心がつかないまま、渉と部屋に入った。ますます匂いがきつくなっているようで、気持ちが暗くなった。

「うわ、ひどいな……」

「靴のままでいいよ」

 ケースに入っていたおかげで濡れていなかった服や下着類と、猫のためのグッズを持ち出した。
 けっこうかさばるものが多かったので、渉はタクシーを呼んでくれた。渉の家は武蔵小杉なのでそれほど遠くない。時刻は11時になっていた。

「ふうん」

 マンション前でタクシーを降り、思わず言ってしまった。

「こういうふうになったんだね」

「来るの、初めてだもんな。ま、俺も入居して半年だけど」

 ここに来たことはないが、完成図や、エントランスの雰囲気をわたしはパンフレットで見ていた。一緒にモデルルームに行ったこともある。ちょうど渉がマンションを探していたころ、まだ付き合っていたから。

「ピカピカだね」

「まだ新しいからな」

 渉がオートロックの解除番号を入れ、自動ドアが開いた。
 高層マンションも多い土地だが、ここはいわゆる中低層マンションで、5階建てだ。高層マンションと違って入居者が自由に使える施設はついていないが、隣に公園があるし、敷地が広めに取ってあり雰囲気がよかった。あのころ渉とマンションをいくつか見たが、内心ではここを押していた。結婚の約束をしていたわけでもないし、渉にわざわざ言わなかったけど、どこがいい? と聞かれれば答えるくらいことはしていた。

(本当に、ここにしたんだなぁ……)

 渉は施設が多い高層マンションがいいと思っていたようだったから、このマンションに決めたのは意外だった。
 3階の角部屋ということも知っている。ルーフバルコニーがついている3LDK。モデルルームの担当者に、将来子どもができたときに部屋をひとつ区切って狭めの4LDKに変更できると説明された。
 わたしはルーフバルコニーがとてもいいと思って、そんな話をした気がする。理由を聞かれ、物置を置けるしガーデニングだってできるよ、と答えた覚えがある。俺はガーデニングとか興味ないけどって言っていたのに、そういえばなぜここにしたんだろう。
 5階でエレベーターを降りる。通路もまだ新しくきれいだ。渉がドアを開け照明をつけた。まだ新築の匂いがした。傷ひとつないフローリングを踏んでリビングに入った。
 なんというか、そこだけ生活感があった。かなり散らかっており、掃除も片づけもされていない雰囲気。対面キッチンのシンクには汚れものや弁当の空などのプラスチックごみが散らばり、ダイニング部分にはテーブルさえなく、服や本や、とにかくありとあらゆる生活雑貨が雑多に床置きされていた。
 部屋が新しいだけに、その風景はなかなか殺伐として見えた。
 半年ほどは住んでいるはずなのに、家具が何もないせいかまだ引っ越してきたばかり、という感じがする。
 角に置かれた大画面テレビの前にラブソファとローテーブルがひとつ置かれているだけで、よく見るとそれらは渉が前の家から持ってきたもので、新しく買ったわけではないことに気がついた。要するに渉は家具を何ひとつ新調していないのだ。

(せっかく新築マンションに入るのに、少しは揃えなかったのかな。これじゃ広いだけにかえって不便かも)

 お金がないわけではないのだから、単に面倒だったのだろう。少々あきれながら、わたしは渉に、

「ちょっと片づけていい?」

 と尋ねた。

「あ、いや……、そうだな、汚いよな。ごめん、俺も一緒に片づける」

 猫のトイレ置き場を作ったり、わたしの荷物を置くところも考えなければならない。こういうときは何も考えず作業するのにかぎる。
 夜中なので掃除機をかけるわけにはいかないから、とにかく床に散らばった物を片づけ続け、ゴミを分別し、クローゼットにしまえるものはしまって、本は本棚に。それだけでリビングはずいぶんきれいになった。ウェットティッシュであちこちを拭きまくると、まだまだではあるけれどなんとか少しスッキリした空間になった。

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ケモノみたいに愛して!

ケモノみたいに愛して!元カレの不器用な独占欲

著  者
乃村寧音
イラスト
中田恵
レーベル
eロマンス文庫
価  格
454 円(税抜)
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