彼氏が官能小説家だった件

彼氏が官能小説家だった件 まじめメガネくんだと思っていたのにダマされました!?
第1回

彼氏が官能小説家だった件 まじめメガネくんだと思っていたのにダマされました!?

2017/06/30公開
 美乃梨(みのり)は定時に仕事を終えて、すぐに電車に飛び乗った。
 帰宅ラッシュの時間と重なったせいか、車内はいつよりも混雑していたので、座ることは諦め、扉の前を陣取った。
 窓から見える高層ビルや大きな看板は次々と後方へ消えていく。電車の揺れとレーンのつなぎ目を踏むガタンガタンと響く音で睡魔が襲い、扉に身体を預けまぶたを閉じた。
 目的の駅の名前を告げるアナウンスが聞こえ、美乃梨は重いまぶたをゆっくりと開けると見慣れた街並みが見えてくる。電車を降りて改札口を抜け、駅前のケーキ店に立ち寄った。この店は雑誌のスイーツ特集で紹介されることが多く、行列ができるほどの人気店だ。
 美乃梨は今日が給料日。財布に余裕があったので、朝からケーキを買うことを決めていた。
 ──ラッキー! 並ばずに買えるのは初めてだ。
 頭の中でガッツポーズをしてしまう。
 店内に入ると、甘い香りに包まれていた。ショーケースには旬のフルーツをふんだんに使ったケーキや、定番のチーズケーキ、それにシフォンケーキなど、色とりどりのケーキが並んでいる。目移りしてしまい、どれを買おうかと悩んでしまう。
 悩んだ末、結局定番の生クリームのショートケーキと、イチゴやベリーがいっぱいのっているフルーツタルトを買い、店をあとにした。
 駅から五分ほど歩くと、高層マンション群が視界に入る。その一棟に美乃梨は入っていった。
 エレベーターに乗り、高層階の30階のボタンを押した。ドアが閉まると一気に上昇し、一分もかからないうちに指定した階に着く。降りて7つ目のドアの前で足を止めた。表札には如月(きさらぎ)と書かれている。この部屋の家主の名前だ。美乃梨はパスワードで解錠し中へと入った。
「ただいま、俊(しゅん)!」
 室内は静まり返っていた。
 ──あれ、いないのかな? それとも私の声が聞こえないのかな……。
「明日は有休休暇を消化するために休み取るから、たぶんずっと家にいると思うよ」
 昨日そう言っていたはずだが。
 美乃梨は退社してすぐ、俊のスマートフォンに『いまから俊の家に行くね』とメールを送信し、直後既読になったことは確認ずみだ。
 ──もしかしたら俊が出先で確認しただけだったのかも。
 そんなことを考えながら、美乃梨はパンプスを脱いで玄関をあがった。
 そのまま廊下を歩いていき、いちばん奥にあるドアを開けると、室内の照明は消えて薄暗かった。
 正面の大きな窓から見える都心のきらびやかな夜景の灯りを頼りに、テーブルに置いてある天井照明のリモコンを見つけ出し点灯させた。
「……なんでこんなものが落ちているのよ!!!」
 リビングの床に散乱するある物体が視界に入った途端、衝撃のあまり、あやうく手にしていたケーキの箱を落としそうになってしまう。
 ……その物体とは。
 なんとラブグッズだった。ラブグッズというとかわいい雑貨のように聞こえるが、はっきりいうと大人のオモチャ、ペニスを模したバイブレーターだ。それが落ちているのだ。
 モデルルームのように洗練された家具が整然と並んでいる部屋に、異物が転がっているようにしか見えなかった。
 ──俊はまた、おかしな妄想をしているんじゃないのっ!?
 美乃梨はリビングの隣にある書斎のドアを勢いよく開けた。
 奧にはブツブツとひとりごとをつぶやきながら、パソコンに向かい合って座る俊がいた。
 室内の壁一面に置かれている存在感のある本棚には、上部まで本がぎゅうぎゅうに並んでいる。難しそうなタイトルの本しかないので、美乃梨は一度も読んだことがない。
「俊、いたのなら返事くらいしてよね! それと、どうしてあんな物がリビングに落ちているの……というか、なんでここにも落ちているのよ!!」
 目線を床に向けると、この部屋にもバイブレーターが転がっていたのだ。
 ──俊は、何個バイブを持っているんだ!
 そんな疑問がよぎるが、美乃梨がバイブレーターに興味があると勘違いされそうなので、あえて聞くことはしなかった。
「おかえり美乃梨。なに怒っているの? 眉間にしわが寄ってる」
 足で椅子を回転させた俊が、美乃梨と視線を合うとニッコリとほほえんだ。そして眼鏡のフレームを指で直しながらすっと立ち上がり、美乃梨に歩み寄る。
 この男は美乃梨の彼氏だ。
「早くアレを片づけてよ!」
 美乃梨は俊の顔を見上げながら、あからさまに冷たい態度を取ってしまう。
「まあまあ、そんなに怒らないで。……わかった! もしかして生理前? だから機嫌が悪いんだ」
 俊は苦笑しながら、美乃梨の頭をぽんぽんとたたいた。
 ──この手は反則……。
 美乃梨は俊の大きな手に弱い。胸の奥にじんわりと温かいものが広がっていき、一瞬怒っていることを忘れそうになってしまう。
「生理前じゃないし……」
 美乃梨は両頬をふくらませ、ふくれっ面で言った。一方俊は、彼女とは対照的に笑顔を浮かべたままである。
 美乃梨は自分だけがイラついているのかと思うと、なんだか馬鹿らしくなってくる。
「美乃梨ちゃん、お願いがあるんだけど」
 俊の言葉に警戒する。美乃梨の名前をちゃんづけで呼ぶときは、腹に一物を抱えていることが多いからだ。安易に応じれば、あとでたいへんな目に遭うことは経験上よくわかっていた。俊のさわやかな笑顔に感情を揺さぶられてはいけないのだ。
「──」
 美乃梨はぷいっと顔をそらせて、聞きたくないという意思表示をする。それでも俊は話を続けた。
「いま、仕事に行き詰まっていてさ」
「……そうなんだ。それはたいへんデスネー」
「俺は真剣に話しているんだから、ちゃんと聞いてくれよ」
 美乃梨の頬を大きな手で覆い、自分のほうへと顔を向けるとニヤリと笑い、足もとに転がるバイブレーターをひとつつかみスイッチを入れた。
「あっ!」
 俊が片方の腕を伸ばし、美乃梨が抱き寄せられると、反対の手に持っていたバイブレーターの振動が偶然肩に触れた。慢性の肩こりに悩まされている美乃梨は、振動が心地よく感じてしまう。
 ──あぁ、気持ちいい。
 一瞬、それの本来の使用目的を忘れそうになってしまう。
 しかし、すぐに我に返り、胸板を押しながら身体をよじらせ、俊から離れた。
「今日一日、美乃梨ちゃんのことばかり考えていたんだけど……」
「……そ、それはどうもありがとう。もうリビングに行くよ」
 美乃梨は引きつった笑顔を浮かべながら踵を返した。
「まだ話が終わってない!」
 そう言いながら、美乃梨の腕をつかんで話を続けた。
「このバイブを使ってほしいんだ」
「……はぁ? なに考えているの! そんなのことはできるわけがないよ」
「それでも頼む、このとおり。頼めるのは美乃梨ちゃんしかいないから」
 俊は顔の前で両手を合わせ、大げさにお願いポーズをした。
「無理だから」
「無理じゃないだろ、美乃梨ちゃん。バイブは使い慣れているから問題ないよな。気持ちよさそうにあえいでいたのが忘れられないんだ。本当最高だったよ。またあの姿を見たいから、ここでしてほしいんだ」
「俊、馬鹿なことを言わないで! 私がはい、そうですか、って素直に返事をすると思っているの?」
「思ってる。美乃梨ちゃんはやさしいからね。そういえば、俺が出張で家を空けていたときにバイブを使っていたよね?」
「そ、それは……。あ、あのときは……」
 美乃梨はみるみるうちに顔が青ざめていき、思考が完全停止してしまう。
「気持ちよかったでしょ?」
 ──はい。素材の質感がいい感じによかったです。
 バイブレーターで快感を得たのは紛れもない事実であるが、そんなことを言えるわけがない。
 俊とのセックスを思い出しながら自慰をしていたら、完全に理性を失い、快楽に溺れていたのだ。
「そんなこと、して……ない」
 美乃梨は動揺を隠しきれず、口をぱくぱくさせながら、顔を真っ赤にしていた。

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ドSな上司の絶対的独占欲 オフィスで淫らに襲われてます

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著  者
三村沙菜
イラスト
不破希海
レーベル
eロマンス文庫
価  格
454 円(税抜)
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