「へぇー、こいつがあのウィード隊長の嫁?」
 最初に口を開いたのは、ガタイはいいが目つきに性根の悪さがにじみでている男だった。
「ガキじゃねぇか」
「あのウィード隊長がねぇ、よっぽどアッチの具合がいいのか?」
 ガラの悪い面々が、私のことを囲んで好き勝手を言う。
 騎士団本部に、ダグラスさんの忘れ物を届けに行った帰り道。
 人気の少ない訓練所の脇を通ったところ、まんまと恐ろしげなお兄さんたちにつかまってしまった。
 油断したとしか言いようがない。
 普段会う騎士さんたちがダグラスさんの直属の部下ばかりで、皆さん親切だったから忘れていたのだ。
 こんな感じの人間は、どこにでもいることを。
 こみ上げてきたため息を、すんでのところで殺した。
 挑発したって、ろくなことにならない。
 愛玩奴隷になる、さらに前に覚えた処世術だ。
「そういえば元愛玩奴隷……いや、いまもかぁ?」
 下品な笑い声が、どっと上がった。
 筋骨たくましい彼らに囲まれては、逃げようにも逃げられない。
 壁を背にして、機会をじっと待つ。
 もちろん、彼らの見た目をちゃんと記憶することも忘れない。
 見てろよ、ダグラスさんに全部ちくってやるからな。
 ものすごく怒られろばーかばーか。
 内心で罵るが、口には出さない。
 私は賢く、耐えることのできる女である。
「なぁ、ウィード隊長をどうやって落としたのかおじさんたちに教えてくれよ」
 にやにや笑いながら、その中のひとりが私の身体をじっとりと見下ろした。気持ち悪い。
「ダグラスさんに、怒られたいんですか?」
 初めての抵抗に、恐らくリーダー格の男の目に苛立ちのような色が浮かぶ。
 私みたいな小娘に抵抗されるとは思ってなかった、そんな顔だ。
「おぉ、そりゃ怖い。じゃあ、告げ口できないようなことするしかねぇなぁ」
 周囲の男たちがにやにや笑う。
 着ている服はそう変わらないのに、ダグラスさんとその仲間たちとは中身が雲泥の差だ。
 いまからやるかもしれないことへの期待で、不安感をかき消そうとしているような態度だった。
 ダグラスさんやその部下さんたちに見つかれば、ただではすまないはずだ。
 それでも私を通して、ダグラスさんを辱めた気分になりたいというところか。
 たぶん、そこまでだいそれたことはできない。
 私が泣きだすか、周囲の人間が止めるのを待っているのだろう。
 だが、私がいっこうにひるまないので、チキンレースが始まってしまったようだ。
 誰もとめられず、事態がじりじりと悪化していく。
 これはまずい。
 こういう空気が、いちばんよくない結果につながる。
 だけど私だって,泣いてやつらを喜ばせたくない。
 だってむかつくし。
 こみ上げる嫌悪と不安感に、ぐっと歯を噛み締めた。
「義姉上」
 ダグラスさんに比べれば、少し硬質な声。
 でも、とてもよく似ている。
 助けは、意外な人からもたらされた。
 男たちの向こうから、ディークさんが見える。
 どちらかというと、その隣のラッドさんのほうが大きくてよく見えるけど、ともかくいつのまにかディークさんが、どこからともなく現われて助けてくれたらしい。
 陽に焼けた肌のふたりは、王城内ではけっこう浮いている。
「……海軍のお方が、こんなところになんの用で?」
 男がうなるような低さで、ディークさんに問いかけた。
 精悍な海の男を包む軍服は、よくよくみれば生地からして上質な感じだ。
 対して私のことを囲んでいた陸の男たちの服は、少しばかりグレードが落ちる。
 所属は違えど、地位の差は歴然だ。
「こんなところに用はない。義姉に用事がある。」
 ディークさんがむっすりと言えば男たちが私を囲いからしぶしぶ解放する。
 急いでラッドさんの隣に逃げ込んで、男たちのほうを見ると露骨にあせった顔をしていた。
 ディークさんが男たちと目を合わさないで、ひとりごとのようにつぶやく。
「これに手を出せば“何が敵になる”のか、よく考えろ」
 それを聞いた男たちの顔色が悪くなったのを確認して、その場をあとにした。



 大男ふたりと、かよわい私が兵舎の廊下を並んで歩く。
 常であれば一瞬の道のりだろうに、律儀なふたりは私に歩速を合わせてくれている。
 横を見ると、ディークさんがしかめっ面で私を見た。
「まったく、おまえには危機感というものはないのか」
 あきれたような声音に、むっとする。
 私だって、好きで絡まれたわけじゃないし。
「おまえじゃないです」
「呼び名に希望でもあるのか」
「おねえちゃんって」
「やかましい」
 あいかわらずディークさんは、私に微妙に厳しい。
 知らなかったとはいえ、ラッドさんをけしかけたことをまだ怒ってるのかもしれない。
 そりゃぁ自分の恋愛沙汰で、身内(私のことだ)に頭を突っ込まれるのはいい気はしないだろうけど。
 いま、らぶらぶなんだからいいじゃないか。
 そんな思考が透けて見えたのか、じろりと横目でにらまれてしまった。
 助けてもらったのはありがたいけど、この人に素直にお礼を言う気持ちがあんまり湧いてこないのはなぜだろうか。
 出会いが出会いだったからかもしれない。いまとなれば些細なことだけど。
 そもそもが誤解と行き違いからの出来事だったし。
 しかし、ディークさんが私に厳しいのは納得がいかない。
「まだ、一緒にした結婚式で、ウェディングドレスを薦めたこと怒ってるんですか?」
「貴様……!」
 『おまえ』呼ばわりから『貴様』への、華麗なる転身である。
 ちなみに私がディークさんを怒らせれば怒らせるほど、隣のラッドさんは慈悲深い目をする。
 あとでこっそり聞いてみたところ、ディークさんがいっぱいいっぱいになってる姿を見るのが好きなんだそうだ。
 性癖がねじ曲がってらっしゃる。
 それを聞いたその場で、ふたり固く握手を交わした。

◇ ◇ ◇

「っていうことがあったんですよ」
 白い浴室で全身を泡々と洗われながら、恒例のその日あったこと報告をする。
 最初のほうは、風呂に入るたびに一回は襲われていたが。
 あまりにも執拗なその行為に、毎回そういうことをするのであれば、今後ひとりで風呂に入ると宣言して以来、ダグラスさんはとても紳士的に私を洗ってくれるようになった。
 そこまでして一緒に風呂に入りたい心理はよくわからないが、海綿がいい匂いのする泡と一緒に肌をすべる感触は、嫌いじゃないのでなされるがままになっている。
 いまは背中を泡々されている真っ最中だ。
「それで、その馬鹿どもの特徴は?」
「ダグラスさんに教えると、絶対やりすぎるから駄目ってディークさんが」
「問題あるか?」
「私もないと思うんですけど、内緒にする約束でケーキをおごってもらっちゃって」
 アレはすばらしいケーキだった。
 お口でとろけるあっさりとした甘みに、フルーツの酸味が絶妙なハーモニーを奏でていた。
 思い出すだけでうっとりとしてしまう。また今度リーリアさん誘ってお茶しに行こう。
「買収されてきたのか……」
「買収じゃないですよ、取引です。ジルドレさんに申し送りしたらしいんで、大丈夫だって伝えろってディークさんが」
 背中からシャワーをかけられて、泡が流れていく。気持ちいい。
 私は湯船派だがダグラスさんはシャワー派なので、湯船に浸かっているあいだにダグラスさんは自分を洗ってお風呂タイムは終了だ。
 一回湯船に誘ったら手を出さないことにものすごい忍耐を強いられたらしく、ちょっとかわいそうだったのでもう一緒には誘わないことにした。
 一緒に脱衣所に出て、大きなバスタオルで拭かれ、ひととおりの世話をされる。
 自分でやると言っても譲ってもらえないので、いまはもう全部まかせている。うむ、苦しゅうない。
 決して、介護や育児のようだなどと思ってはいけない。
 ダグラスさんがズボンだけを適当に穿き、私を抱っこして寝室に連れていく。
 ベッドに入ったとたん、ひんむかれるので最近はもっぱら風呂後は全裸のスタイルだ。
 こんなところを誰かに目撃されては生きていけないので、寝室に備えつけのお風呂場があって本当によかった。
 いまは住み込みの侍女さんがひとりいてくれているので、決して鉢合わせるわけにはいかない。
「チカ」
 ベッドに恭しく置かれて、いつもどおりに覆いかぶさってきたダグラスさんが首にくちづけする。
 首輪がなくなって無防備になったそこを、熱心に弄ぶのが彼のお気に入りだ。
 私もそんな場所に刺激を受けるのがひさびさすぎて、つい反応してしまうのが原因なような気もする。
「ほかに、何を言われた?」
 あちこちにキスを落としながら、ダグラスさんが問い質す。
 優しくて繊細な動作とは裏腹に、目には剣呑な光を宿している。
「チカ?」
 表情だけはいつものように優しげだ。
 たまに見るダグラスさんの怖い一面も、案外嫌いじゃない。
 表情と目がぜんぜん違うことを語っていたりすると、この人も貴族なんだなぁと思う。
 大きな手が、焦らすように腰をなでた。
 それだけで背筋を何かが這い上がるような感覚。最近すっかりなじんだ行為を身体が期待する。
 でも、私を探るように見るその目が気に入らない。
 するりとダグラスさんの首に手を回して、抱き寄せる。
 嬉しそうにすり寄ってきたダグラスさんの鎖骨のあたりを、思いっきり噛んだ。
「……っチカ!?」
 情けない抗議が頭上で上がった。
 だが私の太ももあたりをまたいだダグラスさんの肉棒は、完全に熱を持って私の身体に当っている。
 痛みにもめげない性欲は、さすがのひと言だ。
 もともとはSだったと聞いたような気もするが、たぶん幻聴だったんだろう。
「考えごとしたいならやめます?」
 言いながら太ももで陰茎を圧迫すると、切なそうなため息が聞こえた。
「すまん」
 端正な顔が近づいて、くちづけをされる。
 入り込んできた舌を迎えて軽く噛むと、ダグラスさんの腰がぴくりと揺れた。
 今日のダグラスさんは、Mの気分らしい。
 鎖骨にうっすらとついた歯型をなでながら、舌を絡めては気まぐれに歯を立てた。
 欲ににじんだ青鈍色が、うっとりと私を見下ろしている。
 昼の不埒者たちのことは、頭から消えてしまったのだろう。
 ごまかしきれた感触に安堵しながら、ダグラスさんの背中に腕を回した。



 次の日、そこかしこに歯型を残されて出仕することになったダグラスだったが、不思議とその顔は穏やかだったという。

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異世界で奴隷になりましたがご主人さまは私に欲情しません[2]
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異世界で奴隷になりましたがご主人さまは私に欲情しません[4]

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著  者
鳥下ビニール
イラスト
国原
レーベル
eロマンスロイヤル
価  格
648 円(税抜)
シリーズ
異世界で奴隷になりましたが
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