猫好き伯爵の真摯な執愛[1]

猫好き伯爵の真摯な執愛[1]この婚約、破棄させていただきます
第1回

猫好き伯爵の真摯な執愛[1]この婚約、破棄させていただきます

猫好き伯爵
2017/09/27公開

プロローグ

 ──おお、マリアンヌ。そのエメラルドの瞳。表情豊かな耳。しなやかな体躯。高慢にこの身を踏みつける足。小馬鹿にしたように目を細めて、興味のないふうを装っていたのに。
 思いもよらなかった。
 私の訪いが絶えたくらいのことで、貴女が食事を摂らなくなるなどと。
 貴女をあの部屋に閉じ込め、息抜きに出かけることも、友人を作ることも禁じたのはこの私だ。貴女には私しかいない。そのように世界を作っておいて、それでいて顧みないだなどと。どんなにか寂しかっただろう──


 男は知らせの手紙を握りしめた。書斎の大きな机が、彼の絶望を映して鈍く飴色に光っている。
 外は雨。
 終わってしまった幸福な日々。
 愛しいマリアンヌ。
 彼女は彼のすべてだった。彼に残された、触れることのできるただひとつのぬくもり。帰る場所といえば彼女の隣しかありえない。だがそれは突然に失われた。
 親戚のごたごたなど放っておけばよかった。ずっと彼女の傍らにいればよかった。あの金糸の輝きに指を通すことが、二度とかなわないとは。
 力の抜けた身体を書物机にもたれさせると、磨き上げられた棚のガラスに、亡霊のような自分の顔が映った。
 女の字で書かれたその手紙は、魂の底から彼を絶望させた。



[1]目をつけられた令嬢

 ブラックストン侯爵令嬢キャロラインは、輝くばかりに美しい。
 髪は陽光のごとき黄金。煌めく巻き毛にふちどられた顔は白く小さく、すっきりと意思の強い眉の下には、きりりとした翠玉の瞳が輝いている。唇はまるで咲きぞめの薔薇の花びら。柔和に微笑んで、勝ち気な雰囲気をやわらげる。
 十八歳のほっそりとした身体を包むのは、幾重にも重ねた絹シフォンだ。白は未婚と若さを象徴し、ふんだんに使われた上質素材は生家の財力を示している。裕福で高貴な生まれに違わず、持参金もまた申し分ない。
 美貌、血統、財力。
 どれをとっても引けをとらない、今年一番の花嫁候補である。
 今宵は彼女のお披露目の宴。介添えの叔母にうながされ、キャロラインは手袋で覆った手の甲を、紹介されたばかりの紳士へ預けた。
 うやうやしく口づけた男性を一瞥し、内心で冷静に値踏みする。
 もやっとした髪色、もやっとした表情、印象に残らないどうでもいい容姿。
 不合格。
 礼儀正しく賛辞を口にした紳士を心のごみ箱へぽいと投げ捨て、キャロラインはまた次の紳士へ、花の顔をほころばせた。
 生まれに似つかわしく誇り高い名花には、少女のころからのひそかな野望がある。
「本当にまあ、なんて美しいお嬢さんなのでしょうね! 難攻不落の貴公子たちまで、気になってしかたのないようですよ。今夜だけで、いったい何人の独身主義者を宗旨替えさせたのかしら」
 目を輝かせて語る人のよさそうな貴婦人へ、介添えである叔母は自慢げに応じた。
「ほほほ、まあ、まだ小娘でしてよ。右も左もわかっちゃおりませんわ」
 意地悪く謙遜しつつも、まんざらでもないという顔だ。
 ほうら、御覧なさいな。
 にやにやする叔母を横目で見ながら、口元へ扇を当て、キャロラインはほくそ笑んだ。
 大嫌いなアダミナ叔母に介添人を頼むのは正直癪だったが、自分の美貌が褒めそやされる様を見せつけるのは気分がいい。
 叔母のほうもわかっていて、姪への褒め言葉を我がことのように楽しんでいる。腹立たしいことだが、鼻が高くもある。
 絶対に他人を褒めるということのない、この勝ち気でやせっぽちの成り上がり女は、叔父の妻である。
 見た目しか取り柄のない叔父は、女を見る目もない。この貧しい牧師の娘に恋い焦がれ、懇願するようにして結婚した。
「なにぶん早くに母親を亡くしましたので、何かと躾の行き届かないところもあるのですけどねえ」
 底意地の悪い細い目で、にやけた叔母が見下ろしてくる。
 華奢で小柄は淑女の美徳。
 キャロラインもその体格を維持するため、不摂生な食事制限を惜しまなかった。が、おかげでちょっとした高低差が叔母とのあいだに生じたのはくやしい誤算だ。
 この女にだけは見下ろされたくないのに。
「あらまあ、おかわいそうに。さぞやおつらかったでしょう。けれどこんなにご立派になられて、お母さまも天国でお喜びでしょうねえ。歩き方も身のこなしも、本当に優雅だわ。流行の衣装もとても似合っていらして」
 胸下で切り替えたエンパイアドレスが、彼女が動くたびゆるやかにひだを揺らす。おとぎ話の姫君のようだ。そう見えるよう、鏡の前で何度も練習した。
 夫人の嘆息へ、キャロラインははにかむように、
「いえ、そんな」
 と、謙遜の微笑みを返した。
 もちろん演技である。
 演技でなくて誰が無駄な謙遜などするものか。自分が美しいことは事実なのに。
 生まれながらに恵まれた部分もあるが、キャロラインの美貌の陰には多大な努力が積み重なっていた。
 豪奢な金髪が枝毛ひとつないのは、毎日の執拗な手入れのおかげ。細いウエストは野菜中心の少食の賜物。肌の白さを保つべく、日中の外歩きは避けている。
 優雅な所作や美しい姿勢を保つ筋力は、早朝の散歩で培ってきた。日が昇る直前の朝もやの中を、田舎屋敷ならば森一周、街屋敷ならば広大な公園を、背筋を伸ばして早足に歩く。頭の上に辞書を乗せて、姿勢を確認した上での速歩である。もはや鍛錬の域に達している。
 初めのころはマメだらけだった足も、いまではすっかり丈夫になった。足裏には立派な土踏まずが育っている。体力があるので、歩き方もダンスのステップも、妖精のように軽やかだ。
 公園の散歩には、もうひとつの別の目的もある。
 変装して早歩きをしながら、貴族達の立ち居ふるまいを研究するのである。いまいちな淑女を反面教師とし、これはと思った貴婦人は記憶に留めて完璧に模倣する。流行の着こなしも見て盗んだ。
 いまのキャロラインの美しさは、すべてが彼女の奮闘の成果だ。
 母は三年前に亡くなっているし、叔母はお洒落の助言を期待できるタイプではない。それに、叔母の助力は死んでも欲しくない。
 ダンス、水彩画、レース編みに刺繍にピアノ、花の生け方まで、朝から晩まで休むことなく自分磨き。楽しみもへったくれもなく自分磨き。何かに取り憑かれたように自分磨き。
 それが、ここ三年のキャロラインの生活であった。
 目的はひとつ。
 黒髪で黒目の、すばらしく素敵な若者と恋に落ち、叔母が地団駄踏んでうらやましがるような、熱い熱い恋愛結婚をする。
 母の死以来、ほぼ人生の目標となっているこの野望の実現のため、努力を惜しむ予定はないのである。


 そんな気合いの入った黒髪面接が、しばらく続いたあとだった。
 午後の来客のあと、キャロラインは父に居間へ呼び出された。
「実際のところ、おまえは輝くばかりに美しい」
 現れた娘へ、ブラックストン候は突然いまさらな賛辞を述べはじめた。
 キャロラインは警戒心を抱いた。
 こういうおべっかを、娘といえども女性に対して使う人間ではないのだ、ブラックストン侯は。
 父の表情を慎重に見極めながら、軽くひざを折り礼をとる。
「お褒めにあずかり恐縮にございます」
 ほかに答えようがない。美しいのは事実であるからして。
「うむ。我が娘ながら、たいへんな美人だ。肌は白く透ける雪花石膏。灯火の下で、金の巻き毛は繊細な金細工のごとき陰影を作る。華奢な肩、細い腰は、風に揺れる花もかくやのたおやかさ。しぐさは優美で、この若さにして女王の威厳を湛えている。アーモンド形の瞳は笑むたびに小気味よく目尻をあげ、まるで美しく高飛車な猫のようだ」
 お褒めにあずかったアーモンド形の瞳が、まんまるになった。
「お父さま、酔っておいでですの?」
 だが酔っていたとしてもおかしな話だ。侯爵が女性を褒めないのは傲慢さのせいばかりではない。そうした詩的な引き出しが、この初老の紳士には絶望的に乏しいのだ。
「いや、もう少し言わせろ。わしはいま、言いたい気分なのだ。」
 なんどもうなずく侯爵は、耳が赤かった。
 似合わないことに照れているのか、それとも昼間から酔っているのか。部屋の空気からは判別がつかない。春先の寒いのに窓を開け放しているせいだ。換気された部屋は酒精の残り香をうかがわせない。
「そしてなんといっても、その瞳の色だ。あざやかな翠玉の瞳は侯爵家の色。わしもエドワードも、代々の侯爵もこの色だった。だが、跡継ぎになれぬ女の身で、おまえがその高貴な色を継いだことはじつに啓示的だ。おまえこそ最上級の宝石。かしずかれるべき淑女。類まれなる大輪の薔薇……いや、いかなる薔薇もかすむ。その碧眼に笑みを載せれば、そこらの男どもはたちまちひれ伏してしまうだろう」
 父侯爵は口ひげをひとなでした。
 キャロラインは微笑んだ。
 脳卒中に違いない。
 片手を胸に当て、もう片手をこぶしにして振りながら切々と演説する父を前に、彼女は記憶を掘り起こす。
 脳の病巣のために言動がおかしくなる者があるという。これはそれに違いない。こんなときにはどうすればいいのか、家庭向けの医学書にはなんと書いてあったろうか。
「お父さま、紅茶はいかが? わたくし、ぜひ淹れて差し上げたいわ」
 たしか水分を摂らせるのだ。脳に巣食った悪しき瘴気を押し流すために。
「うむ、高慢でありながらやさしさも備わっているようだ。だがもう行かねばならぬ。わしは今宵クラブで約束がある。おまえは早く寝なさい。夜更かしをして肌のきめを損なうことのないようにな」
 侯爵が呼び鈴を鳴らして従僕を呼ぶ。
 内心で眉をひそめつつ、キャロラインはそれを見守る。
 肌の……きめ?
 どこでそんな単語をおぼえたのだ。あきらかに父の語彙にない言葉だ。脳卒中ではなく、土星人に魔術で操られでもしているのだろうか。
「さて、もう行こう。わしはとにかくいま、言いたかった。忘れる前に。そしてしゃべりとおすことができた。非常に満足だ。おまえには幸福で平穏な未来が約束されている。ゆっくり寝ろ」
 父は上機嫌でステッキを振り、屋敷を出た。
 キャロラインはぼうぜんとそれを見送った。
 生来勝ち気な彼女は、冒険を好むところがある。幸福で平穏な未来より、波瀾万丈のほうがわくわくする。
 だが、こういう波瀾は予定にない。
 弟のエドワードはまだ十六歳、向こう数年は学業に縛られる身だ。父の脳に何かあっても、すぐには侯爵家の実権を掌握できない。キャロラインの努力も優秀さも、そうなればなんの役にも立たないだろう。
 爵位を継げるのは、男子のみ。
 限嗣相続の恩恵を受けるのも、男子のみ。
 重要なものはすべて男子が継ぐ。
 女子は何もまかせてもらえない。財産が欲しければ父や男兄弟の温情にすがるもの。それが、中世より連綿と続いてきた、由緒正しいこの国の法律なのである。
 となれば──。
 キャロラインの美しい面が、苦々しく歪んだ。
 後見人の出番だ。叔父が持つ義務と権利を振りかざし、叔母が喜んで乗り込んでくるだろう。
 絶対に、嫌だ。
 いま現在、侯爵家の内々の家政を取り仕切っているのはキャロラインだ。むろん、何ごとも最終決定は父が行なうし、古株の家政婦に助けられながらではあるが。母が他界してからずっと頑張ってきたのだ。家庭の医学書などというものを読んでいるもそのためだ。完璧な花嫁になるための修業の一環でもあるが、何より彼女は、他人に指図されるのが大嫌いだった。
 自分でなんでも指図したいなら、自分でおぼえるしかない。
 だからこその奮励努力だったのだが、弟・エドワードの年齢ばかりはいかんともしがたい。しかも当のエドワードがあの性格だ。
 金髪碧眼に優美な微笑を湛えた弟は、一見すれば天使である。
 が、何しろキャロラインの弟だ。中身も正しく姉弟である。己に寄宿舎という逃げ場があるのを幸い、姉への嫌がらせに、進んでアダミナ叔母を招き入れかねない。幼いころは素直に下僕に徹していたのに、なぜあんな根性悪に育ってしまったのか。どうせ時が来ればうす笑いを浮かべて後見人夫妻を追い出すのだろうが、そのときまで肩身のせまい思いをして我慢するのは嫌だ。
 こうなればなるべく早く、結婚して家を出るしかない。気に入らない叔母に仕切られる前に。
 野望実現の前倒しである。
 爵位を持つ男性は、この国に百五十人かそこらしかいない。その中で適齢期の独身となれば、さらに数は限られる。
 これまで出席した催しを思い返す。
 独身は、何人かいた。
 だが黒髪黒目で見目麗しい若い独身は、いなかった。
 細い顎へ人さし指をあて、冬眠前の熊よろしくうろつきながら考える。
 若くて独身の黒髪美青年はいなかったが、それは爵位持ちに標的を絞っての話だ。地位に目をつむれば、対象範囲はもう少し広がる。
「身分や財産にこだわらず、見た目で探せば……もしかしたら」
 緑の瞳がきろりときらめく。
 キャロラインは年のわりにやけにすれた現実感覚を持ってはいたが、叔母への競争意識に凝り固まった、意固地な娘でもあった。
 見た目。
 そう、男は見た目だ。
 できればちょっとワルがいい。理想としては黒髪に黒い瞳の、やんちゃでエキゾチックな美少年……は結婚適齢期としては難しいので妥協して美青年。太め不可、細身推奨、おじさんはなし。二十代前半まで。
 子どもっぽいと言ってくれるなかれ、何せ去年まで子ども部屋の住人だったのだ。想像上のいい男は物語の類型からを構築するほかない。そうやって数え上げた条件に合致し、かつ叔母の好みをすべて体現した最高の男性と熱々の恋愛結婚をすれば──意趣返しになる。
 キャロラインは白磁の頬を意地悪くゆがめた。
 身分違いにも叔父を射止めておきながら、夫が顔だけ男なことへの不満を隠しもしない、生意気な女。
 亡き母の恋心を笑った、意地悪女。
 三年前の細密画の一件があってから、ずっと忘れたことはない。
 叔母に、地団駄を踏ませて、くやしがらせるのだ。
 そのためだけに、いままで努力してきたのだから。


 それから数日して。
「え、いま、なんとおっしゃいました?」
「おまえの結婚相手が決まった」
「え、いまなんと」
「おまえの結婚相手が決まった」
「ありえません。もう一回」
「おまえの結婚相手が決まった」
 まだ、指折り数えられる程度の夜会しか経験していない。
 社交シーズンの始めも始め、春は始まったばかりなのだ。催し自体がそうない。
 紹介された男性はもちろん数えきれないほどいるが、その中の誰とも恋に落ちたつもりはないし、黒髪の美青年も見つかっていなかった。黒髪のおじさんなら何人かいたが、おじさんはなしなのだ。
 娘に脳の病の疑いを持たれている父侯爵は、強面に珍しく笑みを浮かべ、満足そうにうなずいている。キャロラインは用心深く尋ねてみた。
「ええと、もしや我が家はお金に困っていて、わたくしは身売り同然でひひジジイに嫁がされるとか……」
「馬鹿を言うな。かわいい娘にそんな無体を強いるものか」
 じゃあこんな勝手な結婚も強いないでください。
 反射で言いそうになったが、一応、相手が美青年かもしれないので、喉まで出かけた拒絶を飲み込む。
「おまえは亡き母に似て美しいが、少々高慢なところがある。なんと言っても口が過ぎる。金遣いも荒い。社交界に出るのはいいが、悪い連中に目をつけられてはいけないと、常々心配していた」
 高慢に関しては自覚がある。「父親そっくりだ」と、父の友人達も真顔で声をそろえた。父が不在のときに。
「それがなんとまあ、うってつけの人物がおまえを見初めたというのだよ。スタンフォード伯を紹介しただろう、一番はじめの披露の夜に。彼は地道で堅実で裕福で常識人だ。気性も温厚で、おまえの高慢なところも含めて気に入ってくれている。舅姑も他界しておるから、口が過ぎて放り出されることもないだろう。弟がひとりいるから、跡取りもまあ、あせらんでいい。母方は公爵の出で血筋も申し分ない」
 強面が自慢気に破顔した。
 娘の、翠玉と称せられた瞳が、点になった。
 それ、誰?
 社交界へのお目見えの第一歩として、父が開いた盛大な舞踏会。そこで紹介された、数多の貴族男性を記憶から掘り起こす。
 名前は、思い出せた。
 見た目は、まったく思い出せなかった。
 印象が薄い。きっと平凡すぎて記憶に残らなかったのだ。黒髪の美少年でないことは確実だ。
 自分の人生が、世間に出て即他人に決められてしまったことに、腹の底から反抗心がせりあがる。
 かてて加えて温厚な常識人。最高につまらない人柄紹介である。ありえない。波乱がない。裏の顔を要求する。
 心の嵐は大いに荒ぶった。父の襟首をつかんで短い首ごと締めあげてやりたい。
 が、キャロラインとて侯爵家の娘である。世の中そうそう思ったようにはいかないということも、貴族の結婚とはそうしたものだということも、承知してはいる。
 であるから即時辞退の前に、自分がどの程度の妥協を強いられているのか、確認してみた。
「お父さま。そのスタなんとかとおっしゃる方は、年齢はおいくつで、どういったお顔立ちの方ですの?」
「うん、背は高いぞ」
「年齢は?」
「声は、低いな。落ち着いた話し方をする」
「ね・ん・れ・い」
「体格もがっしりしている。細身なおまえとは似合いだろう」
 父は口ひげをいじりながらそっぽを向いた。
 この反応、平凡なおっさん確定である。
 とうてい承服できかねる。
「お断りになって」
 ツンと顎を上げ、見下ろすような角度できっぱりと言った。
 しかし父は、チラリと視線をくれただけで、明後日を向いたままである。
「おまえのそうした高慢ちきなしゃべり方も、先方は気に入ってくださっている。こんないい話は二度とない」
「冗談ではございません。生涯お仕えする方です。自分で選びます」
「キャロライン、女に選ぶ権利はない。選択権は常に男のものだ」
「それはわたくしの考え方とは少々違うようです」
「女が考え方など持つものではない」
「とにかくお断りになって」
「無理だ」
 キャロラインは耳を疑った。議会に影響力を持つ父。侯爵の位にある我が家。金にも困っていない。なぜこの話を断れないというのか。
 眉根を寄せたキャロラインに、父はふたたび承服できかねる話をした。
「申し出のあった日に、勢いで結婚契約書を取り交わした。次の日曜日に先方の教区で一回目の婚姻告知がある。一ヵ月後に挙式だ」
 キャロラインは頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
 ただいま、土曜日の午後八時。次の日曜日まで、あと四時間。
 な、なんですってえーーー!?
 告知が出てからの婚約破棄では遅すぎる。
 父の書斎を飛び出したキャロラインは、淑女にあるまじき大股で図書室へ駆け込んだ。目当てのものは、貴族年鑑。父に聞いてもどうせ教えてくれないか、部屋に監禁されるのがオチだ。
 ぱらぱらとページをめくり、目当ての情報を得る。
 ふたたび棚へ向かい、地図を取り出し、ルートと街道の情報を確認する。
 よかった、街からそれほど離れていないわ。
 馬を飛ばしていくとすれば、明け方に動けば充分間に合う。
 さすがのキャロラインも、深夜に女だけで移動する危険は知っていた。教会での告知は朝の何時になるだろう。説得に一時間を取るとして、日の出前に出ればどうにか間に合うか。
 スタンフォード伯が、熱しやすく冷めやすい人であることを願うほかないだろう。

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猫好き伯爵の真摯な執愛[1]

猫好き伯爵の真摯な執愛[1]この婚約、破棄させていただきます

著  者
花粉症
イラスト
柾木見月
レーベル
eロマンスロイヤル
価  格
92 円(税抜)
シリーズ
猫好き伯爵
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