私の心臓と破綻した神のプログラムについて[2]

私の心臓と破綻した神のプログラムについて[2]
第1回

私の心臓と破綻した神のプログラムについて[2]

神のプログラム
2017/10/27公開

護衛中年

「東、今月の文さんのバイトのシフトはどうなっている」
 いつものように無表情で問うてくる雇い主に、東は答える。
「すでに克己さまのスケジュールに合わせて組んだシフト表を店長に送ってあります。もちろんご希望どおり、二十二日はちゃんと休みになっておりますよ」
 今月の二十二日は克己が全日休むことができる唯一の日だ。よって彼はその日を文にまとわりついて過ごすつもりらしい。
 文のバイトのシフトが、じつは克己のスケジュールに合わせて組んであると知ったら、あの娘はどう思うだろうか、と東は遠い目で思った。
 克己は以前文に対し、バイト先のオーナーであることによる職権濫用はしていないなどとほざいていたが、実際はしまくっている。ちなみにそのバイト先のコンビニの現在の店長も、じつは克己の部下の一人だ。
「あたりまえだ。文さんに、何か変わったことはないか?」
「大きなことはとくには」
「なんだ? 小さなことならあるのか?」
 彼女の身に起こる、小さな事件も見逃せないらしい。内心あきれながら東は口を開く。
「本日文さんが珍しく寝坊し、慌ててバイトへ行く準備をしている際に、タンスの角に足の小指をぶつけて、床に転がって痛みに悶絶していたとの報告を受けています」
 克己は文の部屋中に仕込んだカメラで、女性の部下に命じ、常に文を監視させている。彼女にいっさいの危険が及ばぬよう。
 愛しい女の痛そうな話を聞いた克己は、初めて表情を動かした。
 そう。いつだって、彼を動かすことができるのは文だけなのだ。
 まるで機械のように完璧な克己に、その冷静さを失わせ、愚かなひとりの人間にしてしまうのは。
 彼がなんの理由もなく笑うのは、じつは文の前だけなのだと。年相応の姿を見せるのも、じつは文の前だけなのだと。
 彼女は知らない。
 克己の人間らしいその姿に、東がどれほど安堵しているか、などと。
「文さんかわいそうに……。早く医者に診察させねば……!」
「いや、さすがにそれは必要ないかと」
「だが、小指の骨が折れているかもしれないだろう?」
「いやいや、さすがにそこまでの怪我ではないかと。だいたいなんて言って文さんに診察を受けさせるつもりですか……」
 心底あきれて東は答えた。きっとあのゆるゆるな文でも、ここまで克己に生活を管理把握されていると知ったら、さすがに怒り狂うだろう。
 だが、克己は心配そうに眉をひそめたままだ。
「あとでその映像を僕のPCに転送しろ。確認する」
「かしこまりました」
 まさかタンスの角に小指をぶつけて悶絶している自分の映像を、やりとりされているとは思っていないだろう。東はさすがに文が哀れに思えてきた。
 克己の背負うものを知れば、その過保護さは致し方ないこととはいえ。
「それから社長が、できるだけ早急に克己さまに相談したいことがあると」
 東は克己の父親の秘書から受けていた打診を伝える。するとそれまで克己の顔にわずかにあった表情が一気に抜け落ちた。
「また今度作るとかいう新会社の話か。やめておけと何度も言っているのに。本当にどこまでも無能な男だな」
 冷たく切り捨てる言葉に、父親に対する親愛の情はまるで感じられない。
「その案件は、時期が悪い。やめさせる」
 そして、じつはその父親の社長という地位は傀儡にすぎず、この少年があの巨大な高屋敷グループを実質的に動かしているなどと、いったい誰が思うだろうか。
 だがその地位とて、文を守り、手に入れるための道具にひとつにすぎないのだ。
 克己には、どこまでも文がすべてだった。
「東、文さんの顔が見たい。会いに行くぞ」
 高屋敷グループの本社に赴き、愚かな父親を言いくるめ、仕事を終えた克己が、東に声をかける。
 動かぬその頬が、ほんの少しだけ上気する。そんな克己を、慈愛を込めた目で見つめながら、東は彼との出会いを思い出していた。


◇ ◇ ◇


 ────まるで、人形のようだ。

 それが、東直純がのちに彼の主となる、高屋敷本家の御曹司と初めて会ったときの感想である。
 非の打ちどころのない美貌に、まるで感情を映さないガラス玉のような目。
 生きている人間であるはずなのに、まるで無機質な別の何かを見ているような気持ちになる。
 生臭さのない、人形。
 おそらく、彼は興味がないのだ。自分にも、他人にも、この世界にも。
 東は、彼を笑わせたい、と思った。
 子どもらしい顔を見たい、と思った。


「────おい、東ぁ。おまえに頼みたい仕事があるんだけど」
 当時、上司であった部長に、突然呼び出され言い渡された言葉に、東はため息をついた。
 この男から出された依頼は、たいていろくなことがないからだ。
 だが、むげにすることはできない。これでも直属の上司である。
 東の勤め先は、とある大手警備会社だ。そこの、要人の警護を担当する部署に、東はいた。
「……なんですか?」
「なんでそんな嫌そうなの! 俺泣いちゃうよ~?」
「………」
「まあ、それはともかく。おまえさぁ、確か親父さんの再婚でずいぶんと歳の離れた妹ちゃんがいたよなぁ」
「……はあ、まあ」
「だったら子どもの扱いとか、慣れてるだろ?」
「……あのー。その妹、この前、成人しましたけど」
「ええ! マジで!? ヤダ、もうそんなんなるの!? ……俺らもオッサンになるわけだよなー……」
 話が横にずれ始めた。中高年はこれだから困るのだ。早く話の軌道修正をしなければなるまい、と東は思った。
「おまえさあ、あのころ、妹ちゃんが熱出したからって保育園で預かってもらえなくて、しかたなくおんぶひもで背負ったまま出社してきたこととかあったよなぁ……」
「……もう十五年以上前の話ですよ。それ。その節はたいへんお世話になりまして……」
 遠い昔のことを、つい昨日のことのように話すのもオッサンの特徴だな、と東は思った。自分はこうならないように気をつけなければ。
 それから若かりしころの懐かしい記憶を思い出す。両親のいない妹のために、毎日が必死だったあのころ。
 怒られて当然だったあの状況で、それなのに同僚達は誰ひとりとして嫌な顔をせず、代わるがわる妹をあやしてくれた。慣れぬ育児にひとり奮闘する自分を励ましてくれた。東はその強面に少し笑みを浮かべる。
 人生はろくでもないことが多いが、そうでもないことも多いのだ。
「そんな東くんにだなー、ぜひ警護を頼みたい方がいるんだよ」
 話の流れから、自ずとその警護対象の想像がつく。
「……子ども、ですか」
「そのとおり。しかもただの子どもじゃないぜ?」
 東は顔をしかめる。普通じゃない子どもとは、どんな子どもだ。
「なんと、高屋敷グループの御曹司。現在小学四年生」
「は?」
 想像以上の大物に東は驚く。確か高屋敷グループはこの警備会社の大株主でもあったはずだ。つまり、うっかりなにかあったら東の首が軽く吹き飛ぶということではないか。
 勘弁してくれ、と思った。へたしたら妹の大学の学費が払えなくなってしまう。
「しかも、それだけじゃない」
 まだ何かあるのか、と東はうんざりする。
「なんと彼は、IQ二百を軽く超える超天才児だ」
「あ、無理です」
 東は即座に断った。自分の脳みそのお粗末さは自分自身がいちばんよく知っている。名前を書ければ入れると揶揄されるような高校を出てすぐに、図体の大きさと持ち前の運動神経のよさを生かしてこの業界に入った自分が、そんな賢いお子さまと話が合うとはとうてい思えなかった。
「まぁ、そう言うなよ。おまえは確かに馬鹿だが……」
「部長、それ、モラハラです」
「ヤダ! 本当のことを言ってもモラハラになんの? 嫌な時代だなー」
 部長はへらへらと笑う。あいかわらず食えないオッサンだ、と東は思う。
「でもおまえはさ、勉強はできないかもしれないが、人間として馬鹿じゃないからさ」
 どういうことだ、とまた東が顔をひそめてみせれば部長はまた笑った。
「おまえは『間違わない』ヤツだ。だから俺はおまえにこの案件をまかせたい」
 今日もオッサンの言ってることは意味不明である。ちゃんとした日本語をしゃべれ。
 東はため息をついた。じつにまかされたくない。
「できればお断りしたいのですが……」
「ダメ。絶対。部長命令だよん」
 今度はパワハラか。やっぱり苦手だ。この部長。サラリーマンはつらいよ、と雇われの身のやるせなさを東は味わった。
「ま、おまえの好きなようにやれ。責任なら俺が取ってやるからさ」
 そう言って、部長は人の悪そうな笑みを浮かべてみせた。

 そのような経緯を経て、東は警護対象である高屋敷克己と出会ったのだ。

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私の心臓と破綻した神のプログラムについて[2]

私の心臓と破綻した神のプログラムについて[2]何度生まれ変わってもあなたに恋をせずにはいられない

著  者
クレイン
イラスト
あめふれ
レーベル
eロマンスロイヤル
価  格
648 円(税抜)
シリーズ
神のプログラム
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