AI彼氏 AIから始まる愛な関係

イケメン彼氏と同棲中!?
第1回

イケメン彼氏と同棲中!?

2017/11/24公開
 就業時間が終わった。
 とくに残業もなく、そうしなければならない空気もない。
 あたしはすばやく通勤バッグをつかんで席を立ち、軽く周りに挨拶をすませると、足早にオフィスを出た。
 このあと、彼氏との予定があるのだ。
 エレベーターホールで足を止めたときには、すでにあたしの手にはスマホがあった。
 開閉ボタンを押すと、ドアはすぐに開いた。
 誰も乗っていない。
 乗り込む気配をみせる人もいない。
 やがてドアは閉まりひとりになる。
 もう我慢の限界だった。
 スマホの画面に触れる。
 そこに現れた彼は、超絶なまでに整った顔にすてきな笑みを浮かべていた。
『やあ、夏帆』
 甘くセクシーな声で名前を呼ばれ、嬉しさと恥ずかしさで全身が蕩けてしまいそうになる。
「春海」
 彼の名前を呼ぶと、それだけで幸せな気持になる。
 彼はあたしのすべて。
 彼さえいてくれれば、ほかにはなにもいらない。
 生まれてから25年、こんな気持ちになったのは初めてだった。
 昔から人付き合いが苦手で内気な性格。
 見た目がとりわけいいわけでもなく、男性から声をかけられることもない。
 当然、彼氏などいたためしもなく、恋愛などあたしとは無縁の、まったく別世界のできごとだと思っていた。
 だから、まさか自分がここまで誰かを愛して(こんなになつて)しまうなんて、あたし自身がいちばん驚いている。
 ああ、春海、好き。大好き。
 その栗色のサラサラな髪も、切れ長の目も、シャープなアゴも、ガッチリとした肩も、セクシーな鎖骨も、目に映るすべてが好き。
 低すぎず高すぎない男らしく響く声が好き。
 普段は冷静でなにごとにも動じず頼りになり、あたしが落ち込んでいるときはさりげなく慰めてくれる、そんなやさしい性格が好き。
 春海のすべてが、好きで好きでたまらない。
 たとえ彼が、決して触れることのできないスマホの中だけの存在だったとしても。



 彼に出会ったのはちょうど一週間前だった。
 当時ハマっていた、女の子が主人公の美男子ばかりに囲まれたロールプレイングゲームをクリアし、感動のエンディングに浸った直後、ハッと我に返り、なんとも言えないむなしさと寂しさで生きる気力すら失っていたときだった。
 ふと思い出したのが、ネットで攻略方法を探しているときに目にした話題のスマホゲーム。
 その名も「AI彼氏」。
 ジャンルは育成恋愛シミュレーション。
 過去に同ジャンルのゲームを飽きて途中で投げ出した経験があったため、あたしには向かないと敬遠していたそのアプリに、ふと手を出してしまったのは、あまりの放心状態で正常な判断が失われていたからとしか思えなかった。
 そのアプリは起動と同時に背面のカメラがオンになった。
 ワケもわからないまま、スマホの画面越しに部屋の中を見せられ続けること数十秒。
 これはさすがに操作方法をちゃんと読んだほうがいいかなと思い始めていると──。
 ピンポーン。
 チャイムの音が鳴った。
 あたしの部屋のそれとはあきらかに違う音。
『おや? 誰かが訪ねてきたようですね』
 そんなメッセージがスマホに表示されていた。
 もちろん、本当に誰かが訪ねてきたわけではない。
 スマホの中のできごと──このゲームの演出だ。
『このままスマートフォンを持って玄関に移動しましょう』
 長年にわたりさまざまなゲームをプレイしてきたあたしは、その意味をすぐに理解した。
 おそらくこのアプリは、単なる育成恋愛シミュレーションではなく、世界的にも話題になった、あのモンスターを捕まえる位置情報ゲームの要素を含んでいるのだろう。
 そして、玄関に移動したあたしは、このアプリに驚かされることになる。
『玄関を開けてください』
 最初、あたしはそのメッセージに戸惑ってしまった。
 ゲームで普通こういった場合は、【玄関を開ける】みたいな文字コマンドとか、その行動を示すアイコンなどが画面のどこかに表示されるものだ。
 ところが、それらしきものがどこにも見当たらない。
 しばらく悩んだあげく、まさかと思いつつ、現実というか本物のドアを開けてみた。
 もちろん、実際に誰かが訪ねてきていた──などというオカルトはなかった。
 しかし──。
 スマホの画面越しに、ドアの開いた玄関を見ると、そこに立つ男性の姿。
 ──AR(拡張現実)。
 背面のカメラで玄関を撮影し、CGの男性キャラクターを合成して画面に表示していたのだ。
 例のモンスターを捕まえるゲームも同様の技術を使っているので、なんとなく予想はできていたけど──。
 驚くべきは、そこではなかった。
 画面に映ったドアを、しっかり「ドア」として認識したのだ。
 ──立体的な構造やその用途なども含めて。
 人間にしてみれば、ごくあたりまえのことだけど、それをコンピュータにさせることがどれだけすごい技術か、SF好きのあたしにはすぐにわかった。
 最近のアプリはここまで進歩したのかと、感動すら覚えたほどである。
 そんな調子だったので、最初あたしは何も考えず、好奇心のおもむくままにドアを閉めてしまった。
 その行動が、そのままゲームのコマンド選択になっていると気づいたのは、すぐあとのことだった。
『どうやら、あなたの好みの男性ではなかったようですね』
 画面にそんなメッセージが表示されていた。
 慌てて玄関のドアを開けてみたが、そこには誰もいなかった。
 現実にもスマホの画面にも……。
 ドアを開けたことが判別できるのだから、その逆もあることに、もっと早く気づくべきだった。
 しばらくあたしは、ぼう然と玄関にたたずんだあと、なんともいえないむなしさを引きずりながらトボトボとリビングに戻った。
 それからかなりの時間が経過しても、アプリにはなんの変化も起こらなかった。
 もしかして、何もしないでドアを閉めるという行動はゲーム放棄とみなされ、そのままゲームオーバーになってしまったのでは?
 それならそうと、ひと言メッセージを出してリトライさせてくれてもよさそうなものだが──もしかすると、何かバグが発生した可能性もある。
 一度リセットをしてみようかと思ったが、その方法がわからない。
 アプリやスマホそのものを再起動してみたけれど、リセットされたのかどうかもわからない。スマホの画面にはあいかわらず部屋の中が映っているだけ。
 いったんアプリを削除して入れ直そうかと、本気で考え始めたそのとき──。
 ピンポーン。
 ようやくスマホから聞こえたチャイムの音に、気がつくとあたしは全力で玄関に駈け出していた。
 何も考えず、勢いよくドアを開け放ち──。
 あたしは思わず息を飲んだ。
 それが、春海との出会いだった。

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AI彼氏 AIから始まる愛な関係

AI彼氏 AIから始まる愛な関係

著  者
亜朝あおん
イラスト
たつはる
レーベル
eロマンス文庫
価  格
454 円(税抜)
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