理系男子の童貞を奪ったらたいへんなことになりました DX

理系男子の童貞を奪ったらたいへんなことになりました DX
第1回

理系男子の童貞を奪ったらたいへんなことになりました DX

2018/01/25公開

黒歴史の作り方。ナニがどうしてこうなった!?

 夜の九時。私はレインボーブリッジの見える公園で、真っ赤なバラの花束を差し出されて、あぜんとして立ち尽くしている。
 目の前にはひざまずいたスーツ姿の青年。
「お誕生日おめでとうございます」
「あ……りがと」
 ──彼は、すっきりとした顔立ちにメタルフレームのオーソドックスなメガネをかけていて、フォーマルなスーツを着ている。彼の名は本橋敬一さんといって、私よりふたつ年上の男性。
 製薬会社に勤めており、副作用の少ない抗がん剤の研究をしているらしく、専門誌に論文を寄稿したり、学術学会で発表したりと、かなり優秀な人。
 以前に一度、論文を見せてもらったことがあったけれど、すべて英語で書かれていた。見慣れない化学構造式などもあって、理系に疎い私にはさっぱりわからなかった。
 それについて質問したりなんかすれば、最後。
 延々と難しい話を楽しそうに繰り広げるものだからたいへん。……しかも長い。
 でも知的な彼は、いろんなことに対してくわしいし、たくさん教えてくれるから尊敬している部分が多いこともたしかで。
 二ヵ月に一度のペースで食事をしたり、映画を観たりする程度の友だちなのだけど……。
「真帆ちゃん。結論から言います」
「は、はい……」
 今日は私、新條真帆の二十六回目の誕生日。どうしても会って話がしたいと彼に言われて、ここまで来たのはいいけれど、予想外の展開に少々戸惑っている。
「僕と結婚してください!」


 はあっ!?


 予想の斜め上をいく言葉に、思わず腰を抜かしそうになる。
 ちょっと待って、ちょっと待って。結婚って言った? 結婚って言ったよね?
 結婚って、ええと……私の記憶が正しければ、交際しているふたりがするものっていうのが一般的だと思うのだけど。
 私たち、付き合っていないよね!?
 っていうか、バラの花束を差し出してひざまずいてプロポーズなんて、いったいどこから学んできたのーっ。
 色恋沙汰とは縁遠い聖人君子な本橋さんにこんなことを教えたのは誰よ。いや、ネットの情報? どんな検索をしてこのプロポーズにたどり着いたのか気になる。
 ソースは? と聞けるような状況ではないし、偏った情報元を想像して複雑な心境になる。
 とはいえ、女性なら一度は憧れるようなシーンが目の前で繰り広げられていることに動揺を隠せない。
 わざわざ誕生日に会いたいというから、何かしらお祝いしてくれるつもりなのかな、と漠然と思っていたけれど、思いがけない展開に軽くキャパを超えた。
 いやいやそんなことにツッコんでいる場合じゃない。目の前の本橋さんをなんとかしなければ。
「話が飛躍しすぎて、意味がわかんないよ!」
 私たちは三年前に会社の先輩が開催してくれた合コンで出会ってから、ずっと友だちとしていままで仲良くしてきた。けれど、付き合うという類いの話は出たことがなかったよね? それなのに、どうして急にそんなことを言い出したの?
「どうしたもこうしたもありませんよ。僕のことをいつまで焦らすつもりなんですか?」
「焦らす……?」
「そうです」
 う、うん。本橋さんが話している内容がまったく理解できていない。私の知っている「焦らす」という言葉と、彼の言う言葉の意味がイコールにならなくて半泣き状態になる。
 そうだ、本橋さんって頭のいいひとだから、きっと何か別の意味を差しているのかもしれない。そうだよ、きっとそう。いつも私の考えていることの先の先を読んで考えているようなひとじゃない。たまに想像もできないようなトリッキーなことを言いだすこともあるじゃない。
 だからきっといまもそうだ。
 私の記憶が正しければ、焦らしたなんてことなかったはずーー!
「焦らしてなんていないよ? 本橋さん、どうしたの?」
「君が僕の童貞を奪ったことを忘れたんですか?」
「ーーっ」
 ひええっ! それだったかーー!
 やめて、やめて!
 こんな夜景の見える公園という素敵なシチュエーションの中で「童貞を奪う」なんていうパワーワードを放り込んでこないでーっ!
 一応、事実だし、本当のことなんだけどさ! でもそんなダイレクトに言われると、逃げ出したいほど恥ずかしくなる。
 あれは私の若かりしころのあやまちというか、黒歴史なの! もう遠い記憶の彼方に葬ったのよ。それなのにどうしてそんなにあっさりと言っちゃうかな!
「まさか、忘れたんですか?」
「い、いいえ……そうじゃないけど……」
 彼は立ち上がって、私のほうへ押し迫ってくる。長身の彼に迫られると圧倒されてしまって、あとじさりしてしまう。
 ……そう、私たち、付き合うという話をしたことはないのだけれど、一度だけ……そういう関係を持ってしまった仲なのだ。


 三年前──。
 会社の先輩が飲み歩くのが好きな人で、バーで知り合った男性と合コンをするから来てほしいと言われた。
 入社して間もなかった私は、先輩の誘いを断るというスキルを持っておらず、ふたつ返事をして先輩ふたりと私という完全にアウェーな合コンに参加することになった。
 あああ、もう。どうするのよ、私。
 ……とにかくお酒を飲んで、この場を盛り上げよう。
 先輩に気を遣いつつ、みんなに笑顔を振りまき、先輩の気に入っている男性には気に入られないようにして、この場を穏便に乗りきることに徹していた。
 するといちばん端の席に座って黙っている男性に気がつき、すかさず隣に座って顔をのぞき込んだ。
「こんばんは。どうしたんですか? 楽しくないですか?」
「い、いえ……」
 ずっと下を向いている男性は、メガネをかけていて知的な雰囲気を醸し出している。少し長い前髪で表情を隠しているけれど、なかなか端正な顔立ちをしている。
 着ている服は少々ダサめのネルシャツにチノパン。スニーカーも、オシャレなものではない。
 オシャレに興味のない人なのかな? そんなの、すごくもったいない。ダイヤの原石みたいな彼は、磨けば間違いなくイケメンに変身するに違いないのに。
 それなのに先輩方は、会社員をしているという男性や自営業をしている男性に夢中のご様子。
「私、新條真帆っていいます。ヨロシクお願いします」
「あ、えと……。よろしく……お願いします」
 私が話しかけると、顔を背けて目を合わせてくれない。嫌われているのかと思いきや、耳朶が少しピンクに染まっていた。
 ……もしかして照れているだけ?
「あの、お名前教えてください」
「あ、はい、すみません。僕は本橋敬一といいます」
 本橋さんは、すごくシャイで私が隣で話しかけていると、常時汗を飛ばしていた。そんな様子がなんだかかわいくて、もっとかまいたくなってしまう。
 よくよく話をしていると、本橋さんはT大学というSランク大学の大学院生で博士号取得のため勉強をしているらしい。
 T大学っていったら偏差値70以上ないと入れない名門中の名門。本橋さんは一般人とは頭の構造が違うんだと思った。
 そんな彼に興味津々の私は、相手が恥ずかしがっているにもかかわらず、いっぱい話しかけていろんな話をした。だって、こんなに頭のいい人と話す機会なんてそうそうないじゃない?
 それに私たち、今日の合コンで余り者同士だし、本当はこういう場に興味がなくてしかたなく参加したというところも同じだった。
「あ、これ! ほのかちゃんストラップだ! いいなぁー」
「え……? これ、知っているんですか?」
「知ってるよ! だってこれ、すごくおもしろいよね。今期一だと思う」
「同感です」
 彼の携帯電話のストラップが、深夜にやっているアニメのキャラクターで、私のお気に入りのキャラだったので、ものすごく食いついてしまった。
「あ、そうだ。連絡先を教えてください。私、本橋さんともっと仲良くしたいな」
「え、あ、はい……」
 私の周りはアニメに興味のない人たちばかりで、話題はいつも恋愛話やファッションコスメのことで持ちきり。
 私も外見からはアニメとは縁遠い感じに見られがちなのだけど、じつはけっこうマニアックなのだ。こうしてアニメの話ができる友だちがほしかったから、積極的に連絡先を聞くことにした。
「あ! おまえら、連絡先交換してズルイなー」
 先輩の隣に座っていた男性が、私と本橋さんのことを冷やかしてきて、私はまんざらでもない表情でほほえむ。すると本橋さんは照れくさそうにうつむいて頭をかいていた。
 それから本橋さんとはメールで何度かやりとりをして、アニメの話をしたり、ゲームの話をしたりして盛り上がった。でも、院生で研究に忙しい彼とはなかなか会うことができず、気がつけば合コンから一ヵ月以上経過していた。
 ──そして再会は突然やってきた。
 その日は朝からツイていなくて、会社で先輩のミスを押しつけられて、取引先と上司にこっぴどく叱られてしまった。先輩の立場もあるし、言い訳などできるはずもなく、ただただ平謝りしてその場はやりすごしたんだけど。
 私のなかのストレスが頂点に達してしまい、退勤時間ぴったりに会社を出て、女友だちと居酒屋でお酒を飲んでストレス発散をしていた。
 長時間付き合ってくれた彼女たちも終電の時間だと言って、まだ帰らないと駄々をこねる私を置いて帰ってしまった。
 ──まだ帰りたくない。誰か……一緒に飲んでくれないかな。
 酔っぱらった私は揺れる視界のなか、スマートフォンのディスプレイをスクロールして本橋さんの名前を見つけて、勢いにまかせてタップする。
 そして何度目かのコールで彼の声がした。
『……もしもし』
「本橋しゃんっ! いまから来て!」
『え、ええ? どうしたんですか?』
 ろれつの回らない状態で「いますぐ会いに来て!」と言うと、彼はあわてて了承してくれた。こんな状態で呼び出すなんて……と思ったけれど、いつもは気を遣って、忙しい彼に会いたいなんて言い出せない。
 だからこんな勢いじゃないと、きっと会いたいなんて言えなかった。
 ひさしぶりに会えることに胸を躍らせて、しばらくひとりで待っていると、本橋さんは私のいるテーブル席まで迎えにきてくれた。
「お待たせしました」
 上着を乱れさせ息を弾ませている本橋さん。よほど急いでここに駆けつけてくれたのだということが伝わってきて嬉しく思う。
「走ってきてくれたの……?」
「ええ、まぁ。公共交通機関を使用するよりも走ったほうが早いという計算だったので」
 急な呼び出しに快く応じてくれて、しかも早く来てくれようとして考えてくれたなんて、なんてやさしいんだろう。
 ひさしぶりに見る本橋さんは、長めの前髪で隠れているけれどあいかわらず格好いい。そして私の顔を直視できないで照れている様子もかわいい。
「大丈夫ですか?」
 彼の顔を見られただけでも嬉しいのに、心配までしてくれるなんて……ああ、もう胸がいっぱい。
「うん、大丈夫だよ。来てくれてありがとぉーっ」
「……けっこう酔っていますね」
 立ち上がると、思っていた以上にふらふらして、本橋さんの胸に抱きついてしまった。
 というのもあるけれど、嬉しい気持ちが高まったから抱き着きたい欲を抑えきれなかった。
 華奢そうに見えるのに、やっぱり男の人なんだなぁ……。大きくて、私の体はすっぽり包まれている。
「あ、あの……新條さん……」
「真帆でーす!」
「真帆……ちゃん。こ、こういうのは、ちょっと……あの」
 照れて困った顔をしている本橋さん。頬が少し赤くなって戸惑っている様子を見ていると、私のほうが年下なのに彼のことをかわいいなぁって思ってしまう。
「なんで? 私のこと、嫌い……?」
「そうじゃないですけど、こういう状況が初めてで、どう扱っていいかわかりません」
 どういうこと? もしかして、女性とこんなに密着したことがないってこと……?
「本橋さんって、もしかして童貞?」
「……んなっ!」
 ボンッと爆発したみたいに真っ赤に染まった顔を見て、図星なんだと気づいた私の胸がうずく。いたずらな心が湧き上がって背伸びをして本橋さんの唇に軽くキスをしてみた。
「じゃあ……いまからエッチしよっか」
「え、ええええ!?」
 本橋さんを帰したくない。私だけのものにしたい。
 私の言葉を聞いて、動揺して挙動不審になる本橋さんを無視して、私は近くのラブホテルへと向かい、強引に連れ込んでベッドに押し倒した。
「真帆ちゃん、気を確かに! きっと君はいま、エストロゲンというホルモンが減少し、プロゲステロンが増えている状態で、つ……つまり、そのふたつのホルモンが入れ変わる時期だから、感情の起伏が激しくなって落ち込んだりしているんです。性欲もそのせいで、自分自身でコントロールできていないだけで、勢いにまかせてこんな……」
「……本橋さん、静かに」
 ダブルベッドの上で、バタつく本橋さんの上にまたがって、私は彼にキスをして御託を並べる口をふさいだ。
 きつく目を閉じてキスを受け止めている彼は、慣れていないようで警戒心まる出しの表情をしていた。
 何度もやさしく唇を押しつけていると、少しずつ慣れてきたようで力を抜いて私のキスに身をまかせているようだった。

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理系男子の童貞を奪ったらたいへんなことになりました DX

著  者
藍川せりか
イラスト
淀川ゆお
レーベル
eロマンスロイヤル
価  格
926 円(税抜)
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