私の心臓と破綻した神のプログラムについて[3]

私の心臓と破綻した神のプログラムについて
第1回

私の心臓と破綻した神のプログラムについて

神のプログラム
2018/01/25公開

[12]神殺しの少年

「――――ざまあみろ、と」

 その克己くんの言葉に、私はぼう然とする。
 耳が、おかしくなったのかと思った。
 なぜ、私がこんなにも打ちひしがれているときに、そんなことを彼が言うのか、まったく理解ができなかったのだ。
 ――――いつも私に甘く、やさしい克己くんが。
「……あなたはいつもそうだ。自分の命を軽んじ、安易にその身を死にさらすんだ……」
 彼のつぶやきに、私はぎくりとして肩を震わせる。
 葉の代わりに私が死ねばよかったのに、と。葉と一緒に私も死んでしまえばよかったのに、と。
 そう思ったことを、思い続けていることを、克己くんに見透かされている気がした。
「……記憶のないあなたを詰っても、しかたがないのですが 」
 そんな前置きをおいたうえで、克己くんは口を開いた。
「自分を軽んじるということは、あなたを大切に思う人間の心をも軽んじ踏みにじるということです。あなたが軽はずみに命を捨てるたび、僕は血を吐くような思いをする。あなたは自己犠牲精神が満たされて、満足して死ねるのでしょうが……残された人間のことを考えたことはありますか?」
 私は息を飲む。そんなことは知らない。私に前世の記憶などない。けれど。
 ――――自分が我慢すればいい。諦めればいい。それですべてがうまく回るのなら、そのほうが絶対にいい。
 私が、いつも正しいと思ってしていたこと。……それは、本当に正しかったのか。彼の言葉は私の心をひどくえぐった。
 私のしていたことは、じつは葉を、克己くんを、傷つけていたのだろうか。
「葉さんを失ったあなたは思い知ったはずだ。残して逝くことがどれほど残酷なことであるか。……目の前であなたを失い続ける、僕の絶望をね」
 それから彼は私を抱き締めた。――――強く強く。
「死ぬことなど絶対に許さない。僕を軽んじることなど絶対に許さない。……生きることに理由がいるというのなら、僕のために生きればいい」
 私の頬に残る涙を舌で拭うと、克己くんはそう強い口調で言い切った。
 手のひらに載せられた重いもの。私を想う思い。葉の言葉を思い出す。
 そう、死ねない。私は、死んじゃいけないんだ。
「あなたが生きてここにいる。それだけでいい。ほかに何もいらない。……あなたは、僕のものだ」
 彼の言葉の意味はわからない。でも痛いくらいに彼が私を必要としていることはわかった。
 なら、いいかな、と私は思った。
 こんなに空っぽで馬鹿な私でも必要としてくれるなら
 ――――生きる理由をくれるなら。
 いまは、何かにすがらなければ、立てそうになかった。
 こくりと私がうなずけば、克己くんはいままでになく、幸せそうに笑った。
 私は、思わずその笑顔に見とれる。
「じゃあ、行きましょうか。……葉さんがいないのなら、このアパートに、もう用はないでしょう?」
 克己くんが私に手を貸して、立ち上がらせる。私は首をかしげた。
「どこへ、行くの?」
 かすれた小さな声でそう聞けば、克己くんはまた笑う。
「僕の家ですよ」
 そして、彼は私の手を引いた。
 そのまま、東さんの運転する車で私は克己くんの家に連れていかれた。通い慣れた、克己くんのマンション。そこで入ったことのない空き部屋へと案内された。
 自宅アパートの部屋の何倍も広い、ベージュが基調のその部屋は、私の好みに整えられていた。
「あなたのために、用意しておいたんです。あなたの部屋ですよ」
 私は驚いて目を見開いた。彼はいつのまにこんな物を用意していたのだろうか。
「東、ご苦労だったな。今日はもう休んでいい」
 克己くんがそう言えば、東さんは一礼して部屋を出ていった。
「休みましょう。文さん。あなたはひどく疲れているから」
 私にやさしくそう言って、彼は私をベッドまで連れていき、横たえた。
 私はいままで経験したことのないほどやわらかなベッドと掛け布団の隙間にもぐり込む。
 もう何も考えたくなかった。
 克己くんの指が私の髪を梳く。それが心地よい。やがて、彼の手のひらが私の頬に当てられ、そっとなでる。
 あまりの心地よさに、私はうっとりと目を細めた。知らぬ間にまたたまっていた涙がこぼれ落ちた。
 すると私の唇に、やわらかく克己くんの唇が落ちてくる。その何もかもがやさしくて。
 繰り返されるキスに、触れる手に、少しずつボロボロの心が癒やされていくようで。
 私は思わず手を彼の背中に回した。びくりと克己くんが震える。そして、横たわっている私に、克己くんがそっと体重をかけて伸しかかってきた。
 彼の重みと温もりがなぜか安心できて、私は克己くんの頬に自らの頬をすり寄せた。まるで暖をとるように。
 するりと私のシャツの下に克己くんの手がすべり込んだ。
 彼の手のひらが、なだめるように私の背中をなでる。
 素肌に触れる、ほんの少しだけ私よりも体温の高いその手が、心地よい。
 ぷつりと音を立ててブラジャーのホックがはずされ、ほんの少し呼吸が楽になる。そのまま、彼の手は次々に私の身体から服を取り払っていく。
 ぱさり、ぱさりと私の服がベッドの下に落されていくのが、どこか現実味がない。
 普段なら大騒ぎしているんだろうな、などとまるで他人ごとのように思う。
 気がつけば、産まれたままの姿で克己くんに組み敷かれていた。
 私は裸なのに、克己くんの服はまったく乱れていないのがおかしくて、ほんの少しだけ笑った。克己くんが私の身体を熱を帯びた目で、じっと見つめる。
 ――――ああ、嫌だなあ、と私は思う。きっと、私の身体は直視に耐えないだろう。
「……肌、汚いでしょ。傷だらけで。気持ち悪いと思うから、あまり見ないほうがいいよ」
 私がそう言えば、彼の目がとがめるように剣呑とした光を持つ。
 あ、怒らせたなあ、なんてまた他人ごとのように思う。
「あなたに汚いところなんて、どこにもない」
 そう言いきった彼は、愛おしそうに、私の腕に走る大きな傷痕を指先でつうっとなでた。
「あなたに残るその傷痕のすべてが、人が神を凌駕した証ですから」
 またそんなわけのわからない言葉を吐いて、克己くんはどこか狂気がにじむ笑みを浮かべ、私の身体中に散らばる傷痕すべてに丁寧にくちづけを落し、舌を這わせる。
 傷痕に感じる、彼の舌の感触に私は震えた。
「――――あなたは、すべてが綺麗だ」
 克己くんからこぼされた言葉に、じわりじわりと冷えきった身体が熱を孕む。
「……はっ……あ」
 呼吸が上がり荒くなってくる。ざわりと立ち上がってくる感覚を逃そうと身じろぎをするが、克己くんに押さえつけられて動けない。うつ伏せにされ、背中に残る一際大きな傷をねっとりとなめ上げられて、内ももがガクガクと震えた。
 そしてそのまま背中から抱き込まれ、やわらかく胸を揉まれる。
 じらすように、やさしく頂きをこすられ、くすぐったさに思わず腰が浮く。
 くすぐったさは、すぐに快感に変わる。
 克己くんの手が下肢へと伸びる。太ももをなで上げたあと、内ももにすべり込んで、脚の付け根をたどる。
 そして、そこにあるしげみをかき分けて、割れ目に指先を這わせた。そこがひどくぬかるんでいることは自分でもわかっていた。
 だけど、もう私の中に羞恥という感覚はあまり残っていなかった。何もかも忘れたくて、身体と肌にだけ感覚を澄ませる。
 何も考えずに、ただ、克己くんの指先が与えてくれる刺激だけを追う。
 繰り返し、蜜口からこぼれた蜜を指先に絡め、克己くんの指が私の花芯を嬲る。
「は……あ、あう……あ……」
 だらしなくこぼれ落ちる嬌声。自分の声じゃないみたいだ。
 馬鹿みたいに、快感だけを必死に拾う。思考をすべて放棄するために。
 身体の中でそれは蓄積されて、やがてこぼれそうになる。
「忘れてしまいましょう。――――いまだけは、何もかも」
 そんな耳元でささやかれた克己くんの言葉に、私は甘える。
 そして、一際強く花芯をつまれた瞬間。
「っんあぁ…………っ!!!」
 ため込んだ快感が弾けて、私は達してしまった。足が震え、全身に何かが巡り、そして弛緩する。
 快感を逃すため、息を整えるうちに、私は疲労からか強い眠気に襲われた。
 ああ、そう言えばずっと、まともに眠っていなかったんだった。
「……おやすみなさい。文さん」
 やさしい克己くんの声が聞こえる。そして、私はそのまま、闇に引きずり込まれるように眠りについた。
 夢も見ないほど、深い眠りに。
 ――――そして、私が眠っているあいだ。
 克己くんは私を捕らえる準備をすべて終えてしまった。
 私の住んでいたアパートは引き払われ、そこにあった荷物はすべてマンションのクロークに移されていた。
 さらには、バイトも辞めさせられていた。
 まるで自分のところ以外に、私の場所をいっさい作らせないように、徹底的に克己くんは私のまわりを片づけた。
 まる一日眠り、ようやく目を覚ました私に、彼は事もなげにこう言った。
「今日からここがあなたの家ですよ」、と。
 私はもう、どこからどう突っ込んでいいのかわからなかった。
 帰るところも働くところもなくし、あげく住んでいるマンションは内鍵すら克己くんしか開けられないという状況。実質私は彼に監禁されているようなものなのかもしれない。
 いろいろ疑問に思えど、それでもひとりで悲しみに相対するよりもずっとマシに感じた。克己くんは学校にもほとんど行かず、ただ私に寄り添った。
 もちろん心配したが、問題ないと東さんと二人で言われればそれ以上は何も言えなかった。
 学校も仕事も、インターネットがあればなんとでもできるのだそうだ。
「いい時代ですよね」
 彼は笑った。
 そして、私がこぼす葉との思い出話や、悲観的な言葉も、嫌な顔ひとつせず聞いてくれた。さまざまなことを思い出して泣き出せば、抱き締めて泣きやむまで、背中をいつまでもなでてくれた。吐き出すことは大切なのだ、と。
 そして、夜になれば私を抱き込んで眠った。その温もりは少しずつ私を癒やしていく。克己くんは私の身体を愛撫することはあっても、不思議と自分の欲を満たそうとはしなかった。
 小学生のころから知っている彼に対し、そのことをいつしかもの足りなく思うようになった自分は、淫行罪に問われてもしかたがないかもしれない。
 朝起きて、三食きちんと食べて、夜になったら眠る。
 そんな人間らしい生活を、私はひさしぶりにしていた。
 克己くんと東さんと一緒なら、外出もすることができた。いろいろな場所に連れていってもらった。いままで、金銭的、時間的問題で娯楽とは無縁に生きてきた私には、すべてが新鮮だった。
 住む場所も食事も着るものもすべて与えられ、何不自由ない生活。
 そんな穏やかな生活の中で、少しずつ精神的安定を得た私は、与えられるばかりで何もしない日々の罪悪感に耐えきれず、せめてものお礼にと家事を担うようになった。
 二人で暮らすには大きすぎるこのマンションを掃除し、食事を作る。
 一人で暮らしていたころは、料理なんてまともに作らなかったのに、こうして食べてくれる人がいれば一生懸命作ってしまう私は、なんとも現金で単純な人間である。
 東さんや茜さんに教えを請い、少しずつ料理の腕も上がってきたと思う。
 彼らは同じマンションの階下で生活しているので、とても仲よくさせてもらっている。
 目下、私の目標は、あの偏食坊やの食生活改善だ。小学生のころから、彼の嫌いな食べ物は変わっていない。そして私は東さんのように甘くはない。克己くんも私の作ったものは残せないらしく、目を潤ませながらも、必死に苦手なものも食べてくれる。
 だが、やっぱりおいしいと思ってほしくて、日々試行錯誤している。
 それから、せめて生活費だけでも入れられるよう、外へ働きに出ることも考えている。
 葉を失ってから、ずいぶんと時間が経っていた。もう私は充分に甘やかされたと思う。そろそろちゃんと自分の足で立たなければなるまい。
 前向きに生きると、葉と約束したのだ。頑張って、ちゃんと生きると。
 夕食のハンバーグに練り込んでやろうと人参のみじん切りに励みながら、その隣で、幸せと悲壮の混じり合った目で私を見つめる克己くんに、覚悟を決めてそのことを伝えた。
「ねえ、克己くん。そろそろ私、外に出て働こうと思うの」
「駄目です。僕はもうあなたを甘やかさないことにしたので」
 即答で、あっさり却下された。甘やかさない、という意味がわからない。罪悪感を覚えるほど、私は彼に甘やかされてばかりだというのに。
 というかそもそも働くことが甘やかしとはどういうことだ。どう考えても逆に感じる。いろいろとおかしい。
 首を傾げつつそう言えば、克己くんはまた馬鹿な子を見るような目で私を見た。……なぜだ。
「僕はね、あの事故のあと、本当はすぐにでもあなたをこうして囲ってしまいたかったのですよ」
 そんなことを言われて、さすがに少々引いた。いやいや、あのとき君はまだ十一歳だっただろう。
「でも、あの状態でそんなことをしたらさすがに嫌われてしまうだろうし。何より……」
 克己くんがまっすぐに私の目を見る。
「あんなにも何かをギラギラと強く望むあなたを、僕は初めて見ました。あなたはいつの生でも受動的な人で、ものごとにも命にも執着を持たない人で……僕はずっと、それが死ぬほど嫌だった」
 私の髪をやさしくなでながら、そう言って笑う。
「だから、やりたいようにやらせてあげようと思ったのですよ。たとえろくでもない結末であろうことがわかっていても」
 喪ったものを思い出し、じくじくと胸が痛んだ。克己くんはそんな私を抱きしめる。
「それが決着したいま、僕にはあなたを自由にさせてあげる理由がありません。あなたが僕の目の届かない場所に行くなんて冗談じゃない。……あなたはもうこのまま、僕におとなしく囚われていればいいんです」
 話を聞いて、しばしあぜんとしてしまった。前々から思っていたのだが、彼の私への、その強すぎる執着は、いったいなんなのだろう。
「……克己くんはどうしてそんなに私に固執するの? やっぱり前世ってやつなの?」
 聞いてみたい、と思った。彼が私にここまで執着する原因になったであろう前世を。
「……聞きたいですか?」
 問われて、私はうなずいた。
 彼は軽くため息をつき、私の手を引く。そしてリビングのソファーに座らせると、自らもその隣に座り、私の肩に腕を回してから口を開いた。

「僕はね。遠い昔……神を殺したんです」

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私の心臓と破綻した神のプログラムについて[3]

私の心臓と破綻した神のプログラムについて[3]あなたに残るその傷痕すべて

著  者
クレイン
イラスト
あめふれ
レーベル
eロマンスロイヤル
価  格
648 円(税抜)
シリーズ
神のプログラム
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