異世界トリップして聖女になったので、業務としてディレクションします

異世界トリップして聖女になったので、業務としてディレクションします
第1回

異世界トリップして聖女になったので、業務としてディレクションします

2018/02/28公開

プロローグ

「はぁ……転職したい~……」
 ひとりなのに口に出してつぶやいてしまうほど、心の底からの本音だった。
 私はいま、深夜だというのに帰宅途中で駅から自宅までの道をとぼとぼ歩いている。終電に乗って帰ってきたときって、周囲の酔っぱらいに激しくムカつく。こっちは残業でロクな物も食べてないっていうのに!

 私はしがない会社員だ。ゲーム開発会社でディレクターをしている。
 仕事の内容はソフト開発の制作進行や社内外の折衝業務、マネジメントなどなど。だいたい、企画立案は商品企画がやるしスケジュールと予算の大まかな管理はプロデューサーがするからそれ以外のあらゆることが私の仕事になるのだけど……。
 ひとことで言うと(どいつもこいつも!)だった。できないと無理が口ぐせのプログラマー、仕事の抜けとぽかが多いデザイナー、クオリティにこだわるあまり納期が守れないサウンドデザイン……。
 あっ、思い出してきたら腹立つ!
 社外に依頼する外注業務だって範囲でもめて言った言わないになるし、営業は店舗の予約数のことしか言わなくて開発ともめるし、商品企画はあとからあとから追加の立案を入れようとごり押ししてくるし。
 もー辞めたい~!
 この仕事が一段落したら、そう思っていたのに予約数と初動がなかなかよかったらしく、後処理も終わらぬままに続編が決定してしまった。またこのメンツと同じようなことを一年以上続けなければいけないなんて、ゾッとする。給料も、そこまでは悪くないけどめっちゃいいとは言えないのに拘束時間が長すぎる!
 はー、グチを言わせたら延々しゃべり続ける自信あるわ。

 私はとぼとぼと築二十年になるひとり暮らしのマンションに入って、6階の自分の部屋までエレベーターで上がった。玄関の鍵をあけて、ぱちっと電気をつけると自分好みにカスタマイズした1DKの部屋が浮かび上がる。そこはホッとする空間だった。
 自分の家は好きだ。でも、家にいる時間が断然少ない! 家に帰って風呂入って寝るだけ! 寝たらすぐ朝になってまた会社!
 こんなに自分の時間がなかったら、モチベーションが下がるんだよね!
「はー、転職したいよ~」
 一応、先週末に転職サイトに登録はしておいた。でも平日はパソコンを立ち上げる気力もないから何かメールが来ているかもしれないけどチェックもしない。また週末に転職条件を考えてみよう。
 上着をハンガーにかけ、化粧を落としシャワーを浴びてもうベッドに入る。
 どこか、いい職場に移りたい……。もっと有能な人しか働いていないところで、給料ももうちょっとよくて、定時で帰れるところ。
 そんな会社、ないだろうけど。あったら即、面接受けるわ……。
『あります』
「えっ……」
 ベッドで眠っていたのに、突然声がした。
 気が付くと真っ黒い空間の中にいた。対面しているのは背後が光り輝くので顔は見えないが、白いワンピースのような衣装を着た女性だ。なんだか神々しさを感じる光だ。
 女性が話を始めた。
『転職サイトに登録された、堀井舞耶(ほりいまいや)さんですね』
「あ、はい……」
 なんでいきなり面接? ここはどこ、貴女は誰?
 私の内心の疑問に気付いたかのように、彼女はふふっと笑って続ける。
『貴女のお仕事は、まるでまとまっていない各所を取りまとめ、連携協調させ、ひとつの物として完成させることですね?』
 まあディレクションとはそんなものだ。
 私はうなずいてから言った。
「そうですが、貴女はいったいどちらさまでしょう?」
『私は、こことは違う世界、ゴルドバの女神……』
 あっ、夢か~。
 ファンタジーだな、ファンタジーRPGの開発やってる人の話を聞いたらこれもまたたいへんそうだったけど。私はスポーツやレースなんかのソフト開発がメインだからなんでファンタジーの夢を見るのかはわからないけど、とりあえずあいづちくらいは打つ。
「はあ、そうですか……」
『このままでは世界は崩壊してしまいます』
「導入としてはありがちですが、まあ主人公が別の世界に呼ばれる理由にはなりますね」
 主人公には世界を救う力があるという、少年少女をメインとしたファンタジーストーリーだろう。
『それで、貴女に世界を導いてほしいのです』
「報酬によります」
 私は用心深くけん制をしてみた。転職に当たってペイは一番に尋ねるべき点だろう。なんやかやで一番評価されるのは年収なのだから。前職より給与が下がるような転職だとお断りだ。
 女神さまはわかっているというふうにうなずいた。
『宝石です。至高といわれる大きく輝く石です』
「宝石、ですか。それちゃんと換金できるんですか?」
 現金でくれよ、という私の心の声が聞こえたようで、女神さまは少し沈黙したあと、再び口を開いた。
『こちらの世界とゴルドバの世界で共通する高価な物質を探したところ、金でした。貴女が宝石を望まない場合、報酬は金になります』
 へー、ちゃんと調べて価値を見合ったものをくれるんだ。とリアルなんだかそうじゃないんだかわからない夢に、少し笑ってしまう。
「換算するとおいくらですか」
 女神がさっと手を出して、金色に輝くスマートフォンくらいの大きさの物体を見せつけた。
『金一キロは現在価格、五百万円ほどです。働きによっては金ニキロ、差し上げましょう』
 親切にも現代日本での価格を教えてくれている。期間が一年くらいなら年収五百万から一千万円というのはなかなかいいだろう。
 普通の職場なら。
 だが、肝心のことを尋ねないと。私は口を再び質問した。
「それで、職場の環境と業務内容はどうなんですか?」
『年齢、経歴に関係なく実力主義の職場です。ノルマはいっさいありません。貴女らしい仕事をすれば大丈夫、やる気があればなんでもできるお仕事です。女性も働きやすい職場です』
「………………」
 女神はすらすらとおっしゃった、けど……。
 これ、ブラック会社じゃないの~? アットホームで明るい職場ですって言ったら家族経営の自営で就業時間も何もなくずっと働かされるやつ!
 当然私は断ろうかな、というほうに傾いた。しかし女神はそれを遮るように続けた。
『誰にでもできる聖女のお仕事です。配下の騎士はイケメンです』
「誰にでもできる聖女って怪しすぎでしょ。それに騎士がイケメンって言っても、それがプラスになるとはかぎらないし、むしろ顔に自信があって周りを見下してロクに仕事ができなかったりするし……」
『とても有能ですばらしい能力の持ち主です』
 まだ言葉の途中なのに遮って言われた。女神さま、ヤリ手婆みたいですよ!
 しかし、どうしてもこの仕事をしたいという決定的なものがない。
 私はやんわりとした断り文句を述べた。
「いや~、でも、まだ現在の会社を退職していないのに、急に決めるわけにも……」
『それは大丈夫です。貴女は別世界に行ってその力を奮うことになります。戻る際に、この世界では時間が経過していない地点へ送り届けましょう』
「へ、へ~……」
『仕事が完了すればかならず現在に戻れるので、この世界の貴女に損失はいっさいありません』
 なんだか、投資をすればかならず儲かると言われているような状況だ。
 正直、怪しんでしまう。
「ちょっと、考えさせてください。しばらく時間が欲しいです」
『金、三キロは?』
「う、う~ん……」
『四キロ! これ以上は出せません!』
 なんだか、競りみたいになってきた。
 でも出ししぶっているわけではなく、転職には慎重に行きたい派なんだ。許してほしい。
「お金の問題だけではなく、やりがいや環境を確かめてから決めたいです」
『それでは貴女には特別に、魔法の能力も授けましょう。いわゆるイージーモード、というものです。どのような能力がよろしいですか?』
 しぶる私に、女神は新聞を半年分契約したら洗剤をくれるかのようなことを言い出した。
「どのような能力って言われても、どういうものがあるかわからないです。一覧でリストを見せてもらって選べるようにしてもらえませんか」
『では貴女と一番相性がよく使い勝手がいい、役に立ちそうな魔法をこちらから選んで授けましょう』
 あっ、カタログギフトの申込み忘れて期限が切れたら向こうから勝手に選んで送るみたいな対応をされてしまった。どうやら能力一覧を見せろというのは女神さまにとって『面倒くさい』と感じられることだったらしい。
 女神さまは少し考えておごそかに宣言した。
『あらゆる生物をその場で即時に眠らせることができる最高位睡眠魔法を授けます。対象を決めて入眠、そう唱えてください』
「そんなことできるんです? 眠りの魔法って確か、RPGじゃ弱かったような」
 高レベルの敵だと効かなかったし、雑魚クラスでも効いたり効かなかったりで弱い魔法のイメージがある。
 けれど女神は首を横に振った。
『睡眠を必要としない生物さえも眠らせることができます。身を守るときに役立つでしょう』
「そうですか……」
 この日常では、身を守るときなんていままで一度もなかったけど。いつ必要となるかまったくわからない魔法を授けられ微妙な顔になる。だいたい、睡眠を必要としない生物って何よ?
 そんな私を見て、女神はひとつうなずき締めくくるように言った。
『それでは世界を正しく導いてください』
 足場がなくなりゆっくりと身体が落ちていく浮遊感に私は慌てて言った。
「ちょっと待って! 正しく導くって、正しいの定義は!? そんなあいまいな言葉じゃなく、タスクを明確にして! この仕事の期間は? 目標設定は!?」
 落ち行く私に、女神はにこやかに言葉をかけた。
『貴女の思うままの聖女となってください』
 答えになってない! 命の危険はないでしょうね! 仕事が終わったら元に戻れるって本当なんでしょうね!?
 しかし、それに対しての女神の返事はなかったのだった。
 最初から返事を聞くつもりもなく、強制的に採用されたのだと察知する。
 せめて報酬を上げてもらっておいてよかった!
 こうして私は、現実の世界から遠ざかり意識が暗闇に飲み込まれたのだった。

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著  者
園内かな
イラスト
にーち
レーベル
eロマンスロイヤル
価  格
926 円(税抜)
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