浦戸先輩は吸血鬼

浦戸先輩は吸血鬼
第1回

浦戸先輩は吸血鬼

2018/04/27公開

[1]突然の異動

「か、海外営業部に異動ですか!?」
 驚きのあまりあげてしまった大きな声で、私はオフィスの注目を浴びてしまった。
 私、大村真紀は、とある中堅商社の営業部に所属する営業事務のOLである。
 いや、中堅というのは言い過ぎだろう。誰もが知っているような大手商社から見れば、うちの会社は名もない中小企業のひとつに違いない。
 そんな小さな会社のなかで、海外営業部は会社の利益の大半を稼ぎ出している花形部署だ。
 つまり、私がオフィスじゅうの視線を浴びるほどの声をあげてしまったのは、それが予想外すぎる辞令だから。
 一課から三課まである営業部から、海外営業部に異動する者がいないわけではない。
 ただし、それは成績が極めて優秀な営業社員だけ。
 私のようないち営業事務のOLが、しかも退職者の補充などではなく、引き抜かれて海外営業部に異動したという話は入社以来聞いたことがない。
「な、なぜ私が海外営業部に!?」
「わからんよ。だが、どうやら浦戸くんの、たっての希望らしい」
「えええっ、浦戸先輩が!?」
 海外営業部に異動というだけで注目を浴びているなかで、私が声を裏返して訊ね返してしまったのは、その名前を聞いたから。
「えええっ!?」
「浦戸先輩が真紀を!?」
 耳をそばだてていた同僚OLが集まる一角から同じような声があがったのも、その名前が課長の口から出たからである。
 浦戸くん。浦戸先輩。フルネームは浦戸ツェペリン。
 会社の利益の大半を稼ぎ出す海外営業部の、そのまた半分の利益を稼ぎ出すスーパーウルトラビジネスマンにして、クールで八重歯がキュートなイケメンハーフ。
 クールでキュートなイケメンというと、矛盾があるように思われるかもしれない。しかし浦戸先輩にかぎっては、その矛盾する要素が自然に同居している。
 彼のような優秀な人材が、なぜうちのような小さな会社に来たのかは不明。
 課長によると、気づけばうちの会社にいて、知らないうちに海外営業部のエース格になっていたそうだ。
 年齢は私とあまり変わらないように見えるが、営業事務を仕切っているベテランOLも、昨年入社した後輩OLも、同じことを言っていた。要するに、年齢不詳。
 とはいえ入社した時期からして、頭髪がさびしくなりかけている課長よりは年下で、私よりは年上であるのは間違いないだろう。
 ある人はやさしそうで素敵と言う。別の人はS的でかっこいいと言う。見る人によって受ける印象が違う。
 そんなミステリアスな一面もあいまって、社内のOL――いやOLに限らず、バリバリのキャリアウーマンの部長からアルバイトの女子学生に至るまで、浦戸先輩を意識していない女性はいない。
 そんな浦戸先輩が、私を指名して引き抜いたというのだ。
 デキる女を意識して、長かった髪をカットしたのが功を奏したのか。
 そんなことを考えながら、同僚OLたちのジト目を気にしないふうで無視して、私はその日のうちに私物を片づけまとめて、ワンフロア上の海外営業部に向かった。

[2]浦戸先輩の秘密

 足が地についていないという言葉は、そのときの私のためのものだったのだろう。
 そう思えるほど、フワフワと宙に浮かんだような足取りで訪れた海外営業部。
「よく来てくれたね、真紀」
 役員クラスにしか許されていないような個室の執務室で、浦戸先輩は笑顔で私を迎えてくれた。
 毛先を少し遊ばせたツーブロックの髪色は明るめのブラウン。瞳の色も一般的な日本人よりずいぶん明るい鳶色。ハーフらしく顔の彫りは深く、眼光は鋭いが、私を見る表情は柔和そのもの。
「これから真紀は単なる営業事務ではなく、パートナーとして俺を支えていくことになる。俺以外の誰にもきみに指示させないし、万が一されたとしても聞く必要はない。いいね?」
 そして、トレードマークの八重歯をキラリと光らせて、そうすることがあたりまえであるかのように告げられた言葉。
 同じことをほかの人が言ったなら、嫌味な感じがしただろう。あるいは、その傲慢さに嫌悪感を持ったかもしれない。
 しかし、相手はあの浦戸先輩だ。
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします! ご期待に沿えるよう、頑張ります!」
 社内の全女性が憧れる浦戸先輩に下の名前で呼ばれ、パートナーなどと言われ、私は天にも昇る心地で答えていた。
「そう、ならさっそく……」
 そこで、浦戸先輩は鳶色の瞳を細めて笑い、パソコンのモニターが2台並べて置かれたデスクから立ち上がった。
 座っていたらそうでもないのに、立ち上がると見上げるほど長身なのは、彼の脚がきわめて長いからだろう。
 遠目では痩せていて繊細な印象なのに、近くで見ると肩幅は広く胸板も厚いのは、筋肉質でありつつ無駄な肉がついていないからだろう。
「さっそく、期待に沿ってもらおうか」
 そう言って、役員のものより大きいのではないかと思われるほど巨大なデスクを回り込み、浦戸先輩が私の前に立った。
「えっ……期待って……?」
 先輩の美しい顔を見上げたところを、妖しく光る瞳に見つめ返されて、ドキリとした。
「俺が真紀に期待しているのは、こういうことだ」
 肩に手を置かれて言われ、彼の瞳から目を離せなくなった。
 獲物をロックオンした猛禽類のように、明るい鳶色の瞳が嗜虐的な光をたたえ、サディスティックに妖しく輝く。
 もちろんその獲物は、彼が狙うのは、私。
(もしかして、いきなりの告白?)
 そう考えるだけで、心臓が口から飛び出そうなほど、鼓動が速く激しくなった。
「俺は、君のような女性を探し求めていたんだ……」
 期待どおりの言葉を聞ける予感に、頭の中でウェディングベルが鳴り響いた。
『はい』
 そう答える準備をして、次の言葉を待つ。
 しかし、浦戸先輩の口が紡ぎだした言葉は、私の想像の斜め上をいくものだった。

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浦戸先輩は吸血鬼

浦戸先輩は吸血鬼

著  者
田中まさみ
イラスト
不破希海
レーベル
eロマンス文庫
価  格
454 円(税抜)
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