淫らに祓って憑りついて~憑きもの狐と霊媒師の淫技対決~

[1]なんてことない神頼み
第1回

[1]なんてことない神頼み

2018/04/27公開
「すてきな彼氏ができますようにっ!」
 家から電車で三十分ほどかかる場所にある、恋愛にご利益バツグンとウワサされている神社で、私、山口多佳子は気合を入れてお願いしていた。
 なんだか学級委員長とかやっていそうな、真面目っぽい雰囲気の名前だけれど、そうじゃない。
 名は体を表すからって祖母が名前をつけてくれたらしいんだけど、意味はよくわからない。前に学校の課題で意味を調べたら、多佳子の『佳』は、すぐれている、とか、うつくしい、とかいう意味があるって辞書に書かれていた。それと『子』っていうのは、はじめから終わりまでって意味があるらしくって。
 ということは、私は「多く」の「優れている」ものを「生まれてから死ぬまで」持つとか、そんな感じに育っているはず……なんだけど、現実はそうでもない。
 悪くはないとは思うんだ。それなりに友だちもいるし、頭も……まあ、そこまでバカってわけじゃない。天才でもないけれど。いちおう大学には入れて、単位も落とさず四年生になれているんだし。
 見た目だって、ものすごく普通だ。かわいいとか美人とか言えないのが、すこしくやしい。友だちは、目がおおきいのがうらやましいって言ってくれるから、そこはまあ、気に入っている。だけど口はへの字だし、しもぶくれ気味の頬は子どもっぽくて、リクルートスーツを着ると「着られている」感がハンパない。
 身長も体格も平均的。だから服が入らないとか、サイズがないなんて悩みはない。だけど一度でいいから「私、ちっちゃいから服がぜんぶ、おおきいんだぁ」とか、「胸が入らないよぉ」とか言ってみたい。言っている子たちは、それはそれで悩みどころで、平均値な私がうらやましくてしかたがないらしいけれど。
「どうかどうか、すてきな彼氏を私に……山口多佳子に与えてください!」
 神さまには自己紹介をしてから願いごとをしたほうがいいって、テレビで言っていたのを思い出したから名乗ってみる。名前だけでいいのだろうか。住所とか年齢とか、どうしてここで「彼氏が欲しい」と頼んでいるのかを具体的に伝えたほうがいいかもしれない。
 だれの姿も見えないけれど、口に出すのは恥ずかしいから、心のなかで振り返る。神さまなら、きっと心の声だって聞こえるよね。
 神さま。私はいままで彼氏ができなかった、というわけじゃありません。若気の至りというやつで、とんでもない思いをしたことがあるんです――まあ、いまでも若いといえば若いんですけど。
 幼さの至り?
 経験値の不足?
 とにかく、そんな感じで痛い目に遭ったんです。ちょっと報告するのもなぁって思うくらい、ひどい目に。そこは、くわしく言わなくてもいいですか? 言ったほうがいいのかな。ええと……まあ、はじめてできた恋人の、本命じゃなくってふたりめ? もしかしたら、ほかにもいたのかもしれないですけど。とにかくまあ、人生初の彼氏が遊び人で、そのころはまだ純粋だった私は、かなりのショックを受けました。しばらく、恋人なんていらない。結婚なんてぜったいしないって思うくらい、真剣に落ち込んで悩みました。恋に夢見る十七歳だったんだから、しかたないですよね。
 まあでも、友だちとかドラマとか漫画なんかになぐさめてもらって、数か月後にはなんとか復活をして、やっぱりすてきな恋がしたいと、奮起っていうんですか? とにかく、傷ついた思い出は、たのしい思い出で塗り替えようと考えたんです。
 それなのに、それからまったく彼氏ができなくなりました。なにかの呪いなんじゃないかって思うくらいに。
 いい感じになることはあったんです。合コンで連絡先を交換したり、デートに誘われたり。そんなに多くはないですけど、ナンパをされたことだってあります。それなのに、かならずなんらかの邪魔が入って、恋人にまでは発展しないんです。
 待ち合わせ場所で待っていたら、急にめまいがして行けなくなったって連絡が来たり、デート中に相手が犬に激しく吠えられたり、店員さんのウッカリでコーヒーをかけられたりして、私といるとイヤなことが起こるって、離れていかれちゃうんです。
 それこそ、なにかの呪いなんじゃないかってくらい、ちいさな偶然みたいな邪魔が、連続して入るんです。そうしたら、相手は気味悪がって、自然消滅的に連絡が取れなくなって……まあ、私もそんな目に遭ったら、きっとそうしてしまうから、相手を責める気にはなれないんですけど。
 そのぶん、どうしてっていう気持ちはどんどん大きくなっていきました! どうして毎回、いっつもいっつも、そんなことが起こるのか。いつしか私は、小さな不幸まき散らし女、みたいなレッテルを貼られるようになっていた……みたいです。付き合うまでもいっていない段階で、ちょっとした不幸に遭うのなら、本気で付き合ったら骨折とかするんじゃないか、なんてウワサも立っているそうです。
 女友だちが、そう言われているみたいだけど、あきらめないでねってなぐさめてくれたし、合コンに行ったらイヤな顔をされるようにもなったから、それは本当のことだと思います。
 これはもう、男運が悪いとか、それ以前の問題じゃないですか?
 こうなれば神頼みしかないと、ネットの口コミで人気だったこの神社に、早起きをして電車に乗ってわざわざお参りに来たんです。
 この近くに、イートインもある話題の洋菓子店があるから、そこに行く口実というか、ついでというか。そういう理由もついています。でも、ケーキはあとです。お参りをしているあいだに、オープン時間になるかなって思ったっていうか。数量限定のケーキ……ミルフィーユなんですけど、それを買うにはオープンすぐがいいじゃないですか。だから、その前に神社に来たんです。あ! もちろん、メインはここですよ。ここでお願いをするのが、私の一番の目的です。
 もうすぐ大学卒業だというのに、彼氏もいなければ内定ももらえていない。このままでは、卒業してもふわふわと揺れるクラゲとおなじです。波に揺られてふうらりふらり。私は自分で泳ぐ魚になりたいのです。
 できればカラフルな熱帯魚。だって、とってもかわいいじゃないですか。キラッと光を反射して、優雅に泳ぐ熱帯魚。すてきな彼氏と充実した仕事。そしてゆくゆくは結婚をして、しあわせな家庭を作って、かわいい子どもに恵まれて――なんて夢を見て、それなりに合コンも就職活動もがんばってきたのに、どっちも達成できていないなんてあんまりです。努力はかならず結ばれるって言った人に、責任を取ってもらいたいくらいです。だからせめて、せめて、すてきな彼氏を私にください! ついでを言うと、就職先も欲しいです!!

 むむむむむっ、と気合を入れて手を合わせ、ふうっと息を吐いた。顔を上げると、お社の格子戸の奥がキラッと光った。目を凝らして見ると、ぴかぴかに磨かれた丸い鏡と、お供え物が並んでるのがわかった。
 修学旅行の記念写真を撮るときに使う、踏み台のちいさい版みたいな棚の上段に鏡。下段にはお供えでよく見る葉っぱと、白い瓶子とお皿があるけど、なにが入っているのかは見えなかった。その前に横長の台があって、いろんなお供え物が並べられている。
 どういう神さまが祭られているのかは知らないけれど、祭壇にあるお供え物の果物は新鮮な色をしているし、山盛りだし、お酒の瓶も並んでいるし、人気があるってことがビシバシと伝わってくる。神社のパンフレットをもらって読んでみよう。
 くるりと社務所に体を向ければ、いつの間に現れたのか男の人が立っていた。
 じっと私を見ているように感じるのは、気のせいだろうか。
 映画やドラマなんかで見る、陰陽師たいな和装をしている。神主さんなのかな。
 でも、主というには若い気がする。
 二十代後半か、うんと年上に見積もっても三十二歳とか、三十三歳とか、そのくらいにしか見えない。神主さんって、おじいちゃんなイメージがあるけど、若い人もいるのかな。
 その人は柔和な笑みを浮かべて、きれいなポニーテールを揺らしながら近づいてきた。金縛りに遭ったように動けない。きっと彼がものすごい美人だからだ。
 男の人に美人っていうのは、ちょっと違うのかもしれないけれど。でも、第一印象で浮かんだのは、美人だなっていう感想。
 目の前に立ったその人は、私よりも頭ひとつぶんくらい背が高い。見下ろしてくる顔は、間近で見るとますます美人だった。肌がきれいで、うらやましい。髪もつやつやストレートで、キューティクルもバッシバシ。どんな手入れをすれば、そんな髪になれるんだろう。
「ほう」
 ボンヤリと見つめていたら、興味深そうに眉をあげて、神主さんらしき人は身をかがめた。アップも平気な美人男子を生で見る日が来るなんて! 心臓がドキドキして、唇が荒れていないか、眉はきちんと整っているか、なんて心配をしてしまった。
「ほう……ほうほう。これは珍しい」
 美形の人は興味深そうな笑みを浮かべて「ほうほう」なんて言いながら、私の顔を左右からためつすがめつ観察してくる。美術品を鑑定する番組の、鑑定士みたいだ。
「あ、あの」
 すごく、居心地が悪い。
 なんなの、この人。
 それが顔に出てしまったみたいで、彼は「これは失礼」と目じりをなごませて姿勢を正した。
「私はここの神主で、如月一馬と申すものです」
 如月さんの声は落ち着いているというよりも気だるげで、けれどまっすぐ耳に届いた。やっぱり、この人が神主さんなんだ。こんなに若い神主さんもいるんだなぁって、感心する。
「厄落としに来られたのでしょう? おもしろいものに取り憑かれていらっしゃる」
「えっ」
 いきなりなにを言い出すんだ、この人は。
「しかも、ここ最近の話ではなさそうだ。すっかりあなたになついているようですしね。……いやはや、興味深い」
 ふふっと息を漏らした如月さんを、場違いにも色っぽいとか思ってしまった。それよりも、取り憑かれているって発言を、いぶかるべきだろう、私。
 ていうか、やっぱり悪いものに取り憑かれていたのね! だから、へんな偶然がずうっと続いていたんだ。心霊現象とか信じるタイプじゃないけれど、こうなったらもうワラにもすがりたい。
 得体の知れない霊能者に「悪い霊が憑いていますよ」って言われるよりも、神社の神主さんに言われるほうが信憑性もあるし。気休めでもいいから、お祓いをしてもらおう。
「あの」
 おずおずと声をかけると、なにもかもわかっているというふうに如月さんはうなずいた。
「不思議な気配がしたので奥から出てきてみれば、まさかオサキ憑きとは。……ああ、心配いりませんよ。私はそういうものを祓う仕事もしていますからね。どうでしょう? これから奥で、あなたのオサキと対面をしてみるというのは」
 こっちから言い出す前に、お祓いをしてくれるって言われるなんて、ありがたい。これはもう、ぜったいにしてもらったほうがいいよね。というか、その前に気になることを聞いておこう。
「あの、オサキってなんですか」
 如月さんは私の手を取って、導くように静かな足取りで社務所へ向かう。自然と体が動いて、如月さんに連れていかれるままに社務所に入った。引かれる方向に、体が勝手に吸い寄せられていく感じ。こういうのを、あらがいがたい雰囲気っていうのかな。まあ、抵抗しようなんて気は、まったくないんだけど。
「オサキというのはまあ、妖物の一種です。神さまの使い、という意味の御先と呼ばれる動物がいましてね。そのうちのひとつというか、まあ、そんな感じです」
 なんだか、ぼんやりした説明だなぁ。
「はっきりと、これだと説明ができるほど役割が決まっているものではないのですよ。狐が憑いている、と言えばわかりやすいですか?」
 心の声が聞こえたのか、如月さんは言葉を付け足して、私の手をしっかりと握ったまま社務所の廊下を進んでいく。木の廊下と漆喰の壁。障子があって、昔ながらの日本家屋という雰囲気だ。といっても、すんごい昔ってわけじゃなくて、昭和レトロとか言われるような、なんかそういうタイプの家。
「この奥に、憑きものを落とすために使っている部屋があります。いやぁ、オサキ憑きが来てくれるとは、じつに愉快だ。――さあ、ここです。真っ暗なので、私の手をしっかりと握って。そう、ゆっくりと入ってください」
 愉快って……なに? もしかして如月さんって、ちょっとアブナイ人なのかな。流れでついてきちゃったけれど、大丈夫だろうか。
 ガタリと重そうな音を立てて引き戸が開かれる。如月さんの言うとおり、部屋の広さもわからないほど真っ暗だ。そろそろと床に足を滑らせて室内に入ると、如月さんの手が離れた。
「憑きものが逃げないように、扉を閉めますから。怖がらないでください。大丈夫ですよ」
 如月さんが引き戸を閉めて、四方が闇に包まれる。
 やわらかな如月さんの声は、あらがいがたい威厳というか、魅力というか、そういうものを含んでいた。初対面の男の人に導かれて、ふたりきりで真っ暗な部屋に閉じ込められるなんて、ちょっと常軌を逸している。そうとわかっているのに逃げ出そうと思えないのは、そのせいなのかな。いくら相手が超絶美形でも、こんな状況、怖くなっても不思議じゃないのに。
 如月さんの手が私の手に戻ってきて、またすこし歩かされた。
「ここが、部屋の真ん中です。さあ、座って……ゆっくりと。そこでしばらく、じっとしていてくださいね」
 如月さんの手が離れて、足音が遠ざかる。といっても、そう遠くはない。耳を澄まして様子をうかがっていると、部屋の隅がボウッと明るくなった。
「特殊な香を溶かし込んだ油を使って、火を灯しているんです。憑きものを落とすときに、有効なものなんですよ」
 そうなのか。
 甘いような、さわやかな草原のような、すごく不思議な香りに鼻孔をくすぐられた。灯りは細長い台に乗せられた、白いお皿の上で揺れている。お皿からは、紐が床に向かって垂れていた。これって、陰陽師とか源氏物語とか、平安時代を題材にしたドラマで見たことがあるやつだ。なんだか、かぐや姫になったみたいで、悪くない気分。
「どうですか、この香り」
「すごく、ふわふわして気持ちがいいです」
 じわじわと漂ってきた匂いは、すべての灯りがともされると四方から私を包んだ。香りが皮膚からしみ込んでくるような感じがする。うっとりするっていうか、クラクラするっていうか、ボウッとするっていうか……すごい眠気が襲ってきたみたいな、だけどとっても気持ちがいいっていうか、そんな感じ。
「ふわふわして気持ちがいいですか。それは重畳。もっと深く吸い込んでください。ゆっくりと、体の隅々にまでしみ込ませるように。そう……上手ですよ」
 催眠術をかけられているみたいだ。如月さんの目に映った明かりがゆらめいて、妖い雰囲気をかもしている。如月さんのまわりの空気が、風もないのに動いて見えた。というか、なんで空気の動きなんて見えるんだろう。それはゆっくりと私に触れて、肌をざわめかせた。
「ふ……っ」
 如月さんの指示に合わせて深呼吸を繰り返していると、ふわりと体が浮いた気がした。ゆらゆらと水に浮かんでいるみたい。気持ちがよくて、目を閉じた。なにかが背中からスウッと離れて、自然と口が開いてため息が出た。
「ああ、現れました。あなたのオサキが」
 感激の色を帯びたつややかな如月さんの声に、ぼんやりと目を開く。
 私のオサキって、如月さんが憑いているって言っている狐だよね。現れたって……やっぱり私、悪いものが憑いていたから、いままで彼氏ができなかったってこと? いまの時代に取り憑かれるとか、ちょっと信じられないけど、原因がわかってホッとする。というか、頭も体もフニャフニャになっていて、うまく受け止められない。そうだったんだぁって思うのが精いっぱい。意識がぶわんと頼りなくふくらんでしまっている。
「あなたの左側。ゆっくりと振り向いてください。オサキが見えますよ」
 本当だろうか。
 疑った直後に、なにかの気配を背中に感じた。さっきの、なにかが体から離れる感覚……あれは、オサキが出ていったものだったの?
「やあ、これはなかなか、立派なオサキですね。これだけしっかりしたものは、はじめて見ました。あなたは取り憑かれる才能があるようですね。なかなかどころか、かなり興味深い」
 取り憑かれる才能って、なに? というか、それよりも背後の気配だ。如月さんの視線は、私のうしろに向かってしっかりと定まっている。きちんとなにかを見ている目だ。
 ゴクリと緊張に喉を鳴らすと、頭にまとわりついていた、眠気っぽいものが剥がれて意識がしっかりしてくる。それと同時に、ふわふわしていた体の感覚もなくなって、普段通りに戻った。
「見ないんですか? オサキの姿を」
 如月さんにうながされる。キュッと唇を引き締めて、オサキを見る覚悟を固めた。
 もしもオサキの存在が本当なら、いままでよくも邪魔してくれたなって文句を言ってやりたい。というか、いまいち現実味に欠けるから確認したい。霊感とかないんだけど、ちゃんと見えるのかな。
 白い靄みたいな、心霊写真でよく見るものをイメージしながら、おそるおそる振り向いてみる。
 格子柄の着物が見えて、あれっと目をまたたかせた。
 想像以上に、しっかりとそこにある着物から視線を持ち上げれば、切れ長の目をした幼い感じの青年がいた。
「えっ?」
 オサキって、狐じゃなかったの?
 さらに視線を上げると、彼の頭には三角の大きなケモノの耳がピョコンと生えていた。

[eロマンスjpの連載情報はツイッターでcheck!]

全話スグ読める電子書籍はコチラ↓

淫らに祓って憑りついて~憑きもの狐と霊媒師の淫技対決~

淫らに祓って憑りついて~憑きもの狐と霊媒師の淫技対決~

著  者
水戸けい
イラスト
にそぶた
レーベル
eロマンス文庫
価  格
454 円(税抜)
※各配信書店で販売金額が異なる場合があります。

以下の書店名をクリックすると、電子書籍版の購入ページへ移動します。

配信書店の一覧はこちら