あなたの一週間を百万円で買います!

[1]お見合い話がやってきた!
第2回

[1]お見合い話がやってきた!

2018/05/31公開
「志保。最近、仕事のほうはどうだ?」
 今日は珍しく、父と母とわたしと、三人そろっての夕食になった。
 都内の一等地にある豪邸のダイニングは広いが、いまはそろっても三人だけだ。
 兄は大学を卒業したときから実家を出てひとり暮らしをしていたが、わたしが寂しがるのでしょっちゅう晩ご飯を食べに来てくれていた。
 さすがにそれもなくなった。ただでさえ忙しい兄は、きっと奥さんと一緒に夕食を食べることもなかなかできないはずで、そんな状況で実家のことまでかまっていられるわけがない。
 しかもこんなに寂しがっているのはわたしだけで、父も母も『自分の家庭を持ったのだから当然』とあっさりしたものだ。
 それが、普通なのだとは思うが……。
 父は外での会食が多いし、わたしも仕事で遅くなることがあるし、普段は家族みんなバラバラで食事をしていることが多い。
 だから、父や母とちゃんと話すのはひさしぶりだった。
「仕事は、まぁ、なんとかやってるよ」
「それはよかった」
 父の返事にかぶせるように、母が言った。 
「確か最近、部署が変わったのよね?」
「う……うん」
 わたしは電子部品を扱う商社の内部監査室で働いていたが、年末に配属が変わり、海外の工場で生産される電子部品の量の調節や質の管理が主になる部署で働き始め、慣れるまではちょっとバタバタした。が、一月が過ぎたくらいでなんとかその慌ただしさも治まり、落ち着いてきたところだった。
「どうなの。残業は、多いの?」
 母がにこにこと尋ねてくる。
「まぁまぁ……かな。そろそろ年度末に入るから……」
 ちょっと用心しながら返事をする。最近は会社を挙げて残業を減らそうとしているから、そうでもないのだが……それを言うと、母が鬼の首でも取ったように『あること』を言い出しそうで嫌だった。しかも、普段は家にいない父の前で。
「あっこれ、おいしい! さすがママだね」
 わざと明るく言い、話をそらそうとした。
 母は結婚前にきっちり花嫁修業をしてきた人で、当然ながら料理がうまい。ぶりの照り焼き、長芋の肉巻き、かぼちゃとオクラの煮びたし、大根サラダ。素朴な家庭料理でも、きちんと作られているものは味が違う。
「ほんと、そうだよなあ。ママの料理は最高だよな」
 父も同意し、なんとなく話がそれそうだったのだが……。母は褒められたことなどどうでもよさそうに、ぴしゃりと言った。
「べつに、普段どおりのメニューじゃない。いつもと同じよ。大げさに褒めてもらわなくてもいいわ。それより、志保もお料理教室くらい通ったほうがいいんじゃないかしら。だってそろそろ、お年ごろでしょ。今年二十七歳になったんだものねえ。二十七と言えば、わたしが弘樹を産んだ年よ」
「ふうん、志保も、もうそんなになるか」
 父はどこまで母に同意しているものか、のんびり口調だった。
(これは、まずいぞ)
 晩ご飯に三人がそろうとわかっていたなら、無理やりにでも友だちとごはんを食べるとかして、家には帰ってこないようにしたかもしれない。
 なぜなら、母が最近うるさくなっていたからだ。ここに父まで加わったら……万事休すだ。
「弘樹も心配してたわ。あのねえ志保、いい年をした妹がいつまでもお兄ちゃんを恋しがってるなんて、迷惑極まりないわよ」
「うるさいなあ、そんなのわかってます」
 子どもっぽいとは思うが、母の攻撃に思わず言い返してしまった。
 父が、取りなすように入ってきた。
「まぁまぁ、ママもそんな言い方しないでさ。しかたないじゃないか、志保は寂しいだけなんだよ。だって、子どものころから弘樹にあんなになついていたんだものなあ」
 父の優しい言葉に、ちょっとホッとした。わたしは何も悪気があるわけじゃない。あんな完璧でカッコいい兄がいたら、たいていの女子はブラコンを発症してしまうのではないだろうか?
「そうね、言いすぎたわ。志保、あなただってちゃんとわかっているのよね? で、ここからが本題なんだけど。あのね、この話はパパとも相談ずみなの。この前から何度も言ってるのに、あなたちゃんと話を聞こうとしないのよね。でも今日は、そうはいきませんからね。ね? あなた」
(えっ。まさか……)
 嫌な予感が的中したようだ。最近、なんだかずっと雲行きが怪しくて……。適当に言い訳をして逃げ続けていたのだが、とうとうって感じだ。
 父があとの言葉を引き継いだ。
「じつは志保、お前に縁談が来たんだ。相手の青年はとてもいい人だそうだよ? その青年のお父さんが関連企業の社主が集まる会議でよく顔を合わせる人で……。長男が副社長になっているそうなんだが、次男は外で修行しているという話でね。志保とお見合いさせたいのは次男のほうらしい。あいだに立ってくれた人も信頼のおける人物だ。近々、席を設けたいと言われたんだが、お前も会うくらいならべつにかまわないだろう?」
 どかんどかんと、次々に爆弾が落とされた。
 父に言われたとなるともう逃げられない。父は横暴な人物ではないから、どうしても嫌だと言えばきっとお見合いはしなくてよくなるだろう。でもその場合それなりの理由を提示しなければならない。
「えぇ……でもぉ……」
 わたしは力なくつぶやいた。この場面を、どうしたら打破できるか、どう言い訳すればお見合いを回避できるのか。頭の中でぐるぐると必死に考えたが浮かばない。
「志保、お前に恋人がいるのなら、もちろんこんなことは言わないよ。パパは、お前に幸せになってほしいだけで、べつに、無理に縁談を勧めているわけじゃないんだ。それはわかってくれるよな?」
 さすが社長。計算されつくした提案をおだやかな語り口で、隙間なく埋めるようにしてくる。わが父ながらなかなか抵抗しにくいというか、断りにくい感じで言ってくるのは、さすがだなと思った。
 でも、感心してる場合じゃない。
 要するに、言われているのはこういうことだ。
『いい年をして恋人もおらず、ブラコンをこじらせているくらいなら、関連企業の社長の息子と結婚しなさい。それがお前の幸せだ』
(うーん。言われてみると、それももっともなの……か?)
 このままだと確かに、わたしは何歳になっても結婚しないで実家にいるかもしれない。母親があせっているのも当然のことなのかもしれない。
 それでも、あんまりな気がした。少なくともわたしは、まったく気が進まなかった。
「会ったからといって、すぐに結婚する必要はないんだよ? 志保が気に入らないなら、断ってもいいんだ。まぁでも、会ってみなきゃ始まらないからね」
「そうねえ。わたしとパパも、初めて会ったのはお見合いの席だったわ。背が高くてカッコいいパパに、ママひと目惚れしちゃって……緊張しちゃってたいへんだったのよ」
「俺もお見合いなんて気が進まなかったんだけど、振袖姿のママを見て、なんてかわいい子なんだ! って感激したんだよな。おまけにさぁ……料亭で食事してから庭園を散歩したんだけど、池の鯉に餌をやってたらママが落っこちちゃってさ、あーおもしろかった。あのときのママを思い出すだけで、俺はどんなつらいことも笑って耐えられる気がするんだよな。だってなかなかいないよ、ばっちり振袖を着たまま池に落ちる人。あのときのママの顔!」
「もう! その話はしないでって言ってるでしょ! 恥ずかしい!」
 何十回と聞かされた父と母の出会いの日のエピソードだが、こんなときに聞かされるとなんとも言えない気持ちになる。
(そりゃあ、あんたたちはいいだろうよ……たまたまうまくいった人と比べられても、困るだけだよ)
 心の中ではついついツッコミを入れてしまったが、それはそれとして、実際のところそんなのんびりゆるゆるしたものとは思えない。
 多くの大人が介在し、まがりなりにも企業の重鎮の娘と息子がお見合いするのだ。父と母のときだって、本来はそうだったはず。たまたま父が超カッコよくて、母がひと目惚れしたからよかったものの……。
(これたぶん、よほどのことがなかったら断れないやつだ、きっと)
 わたしだって社長の娘を二十七年間やっているのだ、そのへんは想像がつく。
 父がわたしに、笑顔を向けた。なんだかその笑顔さえ怖かった。追い込まれそうで。
「そんなわけだ、志保、この話を進めてもいいよな? お前も、どうしても嫌だってわけではないみたいだし……。先方は来週の土日あたりはどうかって言っているんだが」
(え? そんな急な話だったの?)
 ハッとした。ぼんやりしている場合じゃない。これは、自分のことだ。自分の、一生のことなんだ。一気にあせってしまった。なんとしてでも、言い訳しなくては。
「ちょっと待ってパパ! えっと、えええっと」
「どうした、志保」
「と、と、とにかく、一ヵ月待って!」
「一ヵ月?」
「し、し、仕事が! まだ落ち着いてないから! 無理! すぐは無理!」 
 言い訳が立つとか立たないとかはあとの話だ。いまはとにかく、時間を引き延ばさなければ。いくらなんでも来週は早すぎる。
(イヤだよ、覚悟もないまま、結婚のレールに乗せられてしまうなんて!)
「そんなに忙しいのか? そうでもないと思うが……」
 父が眼鏡の奥からわたしを見つめる。わたしの嘘は見抜かれているかもしれない。でも言い張るしかなかった。
「忙しいの。引継ぎが終わってないの! とにかく、そういうことだから、来週は無理」
 バシッと言った。嘘も方便だ。
「じゃあ、しかたないな。先方には延期したいって話しておくよ」
(え? 延期? もう、話はそこまで言っていたの?)
 延期ってことは、話がかなり具体的になっていたのだろう。母がしつこいはずだ。
 背中を冷汗が流れる。追い詰められた気分で、わたしはその日の食事を終えた。

[eロマンスjpの連載情報はツイッターでcheck!]

全話スグ読める電子書籍はコチラ↓

あなたの一週間を百万円で買います!

あなたの一週間を百万円で買います!

著  者
乃村寧音
イラスト
中田恵
レーベル
eロマンス文庫
価  格
454 円(税抜)
※各配信書店で販売金額が異なる場合があります。

以下の書店名をクリックすると、電子書籍版の購入ページへ移動します。

配信書店の一覧はこちら