妻であるオレリーと、煌めく金髪の男が見つめ合っていた。オレリーは金色のドレスを纏い、幸せそうに笑っていた。……その男を見つめて。首飾りには夏空のような、どこまでも透き通った青い宝石を使って。
 体が重くて、指先の感覚がなくなっていった。うるさい耳鳴りの中で、不思議なほどはっきりとオレリーの笑い声が響いた。きしむ体を無理やり動かして、二人に近づいていった。
 ふと、何かに呼ばれるようにオレリーは俺の方に目をやって……怯えたように、体を竦ませた。
 金髪に青い目の男が、俺からオレリーを庇うように立ち塞がった。オレリーに似合う端整な顔立ちの男だと思うのに、見た端から忘れていくような奇妙な容貌の男だった。
「……オレリー」
 俺は、男になんて目もくれずオレリーに話しかけた。愛する、妻に。
「っっっ!」
 男のすらりとしなやかな体の向こうで、オレリーの肩がビクッと震えたのが見えた。
 あぁ……もう、終わりなんだ。
 何が終わりなのかも分からないまま、俺は心の中で呟いた。何が終わりなんだろう? 俺達の結婚生活? 俺の人生? 幸せな未来?
 よく分からないまま、俺はいつの間にか手に持っていた剣を握りしめていた。
 ……俺は……コレで、何をしようとしている……?
 青ざめるオレリーの顔、オレリーを庇って抱きしめる金髪の男。
 ……止めろ!
 俺は叫んだ。オレリーが幸せなら、俺の未来が終わろうが構わない。オレリーを引き留めるために、彼女を傷つけようとするのは止めるんだ……っ!
 止めろ、止めろ止めろ止めろ……っ!
「さてここで選択肢行ってみましょ~!」
 …………は?
 いきなりオレリーが踊るような足取りで金髪男を押しのけて、俺に指を突きつけてきた。頭には色とりどりの花が飾られた――飾られすぎた、大きな帽子をかぶっている。……重くないかな、ソレ……。
「いち~! こちらの金髪君と、あっつい抱擁を交わす!」
 …………。
 ……オレリーが、壊れた……。
「に~! アロイス殿下と手を繫ぐ~!」
 ……殿下、今まで影も形もなかったよな……?
「さん~! わたくしオレリーと、ベッドに潜ってアハハウフフいやんあはんな世界を堪能する~!」
 ……あ、コレ夢だわ。


「――ダメ元で、さん……っ!」
 はっ!?
 俺は飛び跳ねるように起きたまま、目を瞬いた。
 仕事のために泊まり込む羽目になった、王宮の執務机……に見えた。というか、そうだった。仮にも王太子殿下側近の執務室だから、机もそれなりのものだ。木目も綺麗だし、焦げ茶色が重厚感をかもし出している。
 が、俺の机だと一目で分かるのは、以前の所有者――つまりは父上――が隅の方に彫り込んだ、『もう帰りたい』という落書きだった。あまりに悲痛な心の叫びのために消せないで今日まで来ている。この上から同じ文章を彫り込もうか、真剣に考えたこともある。現在進行形で。
「やっぱり夢だったよ!?」
 無茶苦茶リアルな夢だった。今でもあの金髪男への殺意は消えていない。それなのに……なんで途中からあんな訳の分からない選択肢が出てきたんだ……っ!? いや、逆にちょっとほっこりしたけれども!
 コンコンッ!
 いきなり響いたノックの音に、俺は本気でビクッとした。心臓が痛い。
「シリル様、新しい書類です」
 そう言って両手にずっしりと重そうな紙の山を持ってきたのは、俺の部下であるデルバートだった。誰かに開けさせたらしい扉を、後ろ足でバレないように静かに閉めている。バレバレだけど。
 デルバートはイケメンだ。ついでに言うなら、元婚約者ミリアンの恋人だ。ちなみに、アストレイ家の兄弟と並べたら平気で霞む程度のイケメン具合だ。基本的におっとりした善人だが、苦労性までいかないところに彼の上手い処世術を感じる。
「ま、まだあるのか……」
「明日こそ帰宅しましょう、シリル様……っ! 私も、明日こそは彼女とのデートの約束を履行したいのです! 『べ、別に寂しくなんてないんだからっ!』と強がる彼女を愛でるのもいいのですが――」
 長くなりそうだったので遠慮なく遮った。
「あ、じゃああの書類、関係各所に持って行ってくれ」
 俺は紙の山二つ分を指さした。デルバートは語りを邪魔されて若干不満そうな顔だったが、素直に頷いた。だって明日は帰りたいもんな。気持ちは一つだ。
「では、行って参ります」
 もうひと月もすれば、東の隣国ベルトマーから王太子、西の隣国アルシェから王女がうちに外遊してくる。
 俺は、アロイス王太子殿下の側近として、これらの王族外遊に関わるあれやこれやの実務を丸投げ――一任されたのだった。次世代を率いる者への試練とかなんとか言っていたが、単に面倒くさくて若手に丸投げしてきただけだと俺は見抜いている。
 なぁ~にが、『次世代同士の交流を深めるべく』だ! いざとなったら若手の失態で言い訳するだけだろうが! 父上もひどすぎる! なぁ~にが『新婚気分がいつまでも抜けないようでは使い物にならんからのぉ』だ! さては結婚休暇を半月取ったの、根に持ってるだろう!?
 おまけに、『他者からの言葉ではなく、己の目で人となりを見極めよ』とか訳の分からない課題を出してくれたので、手がかり無しで接待に当たらなければならないのだ。
 つまり、好みの部屋とか、好みの食事とか好みの酒とか全く分からない状況で、手抜かりのない接待を要求されるという無茶振り。
 恐らくは突然どんな国賓が訪れても対応できるようになるためとか、柔軟な応用力を鍛えるためとかあるんだろうが、そんなのはこういう業務に精通できるようになってからでいいと思うのだ。
 ……え? 俺の考えって甘い?
 …………。
 …………。
 つまり、俺はここ一週間ほど、ろくにオレリーに会えていないのだった。
 新婚早々、すれ違い生活に突入しているのだ。ここ最近は別居生活にさえなっている。そんな寂しさと不安から……あんなとんでもないおかしな夢を見てしまったわけだ。
 俺は、未だに僅かに震える指を見て苦笑した。こんなに、俺は不安で寂しかったんだな。夜、オレリーが半分眠りかけているところに帰宅し――寝ていていいと俺は言ったんだが、頑張って待っていてくれようとしていた――、眠っているオレリーにキスをしてから慌ただしく早朝に出て行く生活。しかも二日前からはその帰宅さえできていなかった。
 あ~、寂しい……オレリーの顔を見て抱きしめて味見してなんなら本番もしたい……! ちょっと壊れた感じのオレリーでもいいからいやんあはんな世界に旅立ちたい。一人でもそもそ食べる冷めた食事なんてもうイヤだ。早く帰ってオレリーの隣で寝たい……!
 王族の警備計画とか見学に関しての報告書とか舞踏会会場の飾り付けとか料理のコースとか本当にもうどうでもいい。滞在部屋の家具がどうとか、そこまで俺、やらなきゃダメかな!? ……仕事投げ出してもう帰りたい……。
 ふと、俺の脳裏に、
『お仕事頑張ってくださいね、シリル様』
 と笑うオレリーの顔が蘇った。
 …………。
 …………。
「――はぁ。さっさと終わらせよう……」
 俺は、到底さっさとは終わらない量の書類から、一枚を手に取っていた。

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死ぬはずだった婚約者の病気が全快したので婚約解消しようと思います2

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著  者
マツガサキヒロ
イラスト
三浦ひらく
レーベル
eロマンスロイヤル
価  格
1200 円(税抜)
シリーズ
死ぬはずだった婚約者
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