時の魔女と少年王[6]

城にはまだ帰らない
第1回

城にはまだ帰らない

時の魔女と少年王
2019/01/31公開
 馬車に乗ったディートハルトは、ツェツィーリアを横に座らせ、肩を引き寄せた。ツェツィーリアは熱い吐息を忙しなく吐きながら、力なく彼にもたれかかる。
 もうこのたくましい身体に触れているだけで、達してしまいそうだった。
 けれども、ディートハルトは前をむいたまま口を開こうとはしない。ツェツィーリアが縋るように見上げても、彼が視線を返すことはなかった。
 狭い空間に気まずい沈黙が流れていた。
 話を切り出したいものの、ゾラの料理に入っていた媚薬がじわじわ効いている。
 きちんと彼と向き合って話をしたいのに、その意思に反してツェツィーリアの頭の中はいやらしいことでいっぱいだ。その状態を知って知らずか、ディートハルトは無言のままだった。身体は密着しているのに、心は遠く感じる。感情を押し殺したような彼の横顔には明らかな怒りが含まれいて、ツェツィーリアはうつむいた。
 彼に秘密にしていたことは、やはり間違っていた。
 時の魔女の秘密――。
 彼の子どもを宿せば、彼女は駆け足で死に近づく。話すつもりだった、というのは言い訳にもならないだろう。いままでずっと隠していたことが事実なのだから。
 あの状況でバレてしまったのも、タイミングとしては最悪と言える。
 ふいに、ディートハルトが沈黙を破った。
「話を聞くとはいったが……いまはおまえと話もしたくない気分だ」
 低い声だった。
「それに、その様子では、まともに話もできないだろうしな」
 ちらり、とツェツィーリアを見下ろす冷ややかな視線にめげそうになる。
 しかし、いまの状況をなんとかするにはディートハルトに縋るしかなかった。いままで身体の熱を無意識に抑えていた分、揺り返しが大きい。媚薬で無理やり高められた熱がジリジリと身体の内側を蝕んでいくようだった。このままでは、正気を保っていられるかも自信がない。媚薬は毒と同じだ。処置しなければこの苦しさは終わらない。
「ディートハルト、お願い……。媚薬のせいでどんどん身体がつらくなってるの」
「そのようだな」
 ディートハルトは平坦な口調で言い、すっとドレスの胸元に手を差し込んだ。
「っ!」
「このドレスの直しは、成功だったようだな」
 城を出るときとはまるで反対のことを言う。
 ディートハルトは無防備なドレスの胸元を乳頭が見える位置まで押し下げると、ピンク色の先端を乾いた指先で弾いた。
「ん、ふぅ……っ」
「ドレスの上からでも、ココがどんなかたちをしているかわかったぞ」
 無情な愛撫だった。欲しいのは、そんな刺激じゃない。
 はやく彼の猛りで、身体の奥まで満たしてほしい。彼とつながって、激しく愛し合いたい。それなのに、ディートハルトは、ゆったりと彼女の胸の先を指でなでるだけだった。
「ぁ……はぁ、ディートハルトッ、つらいの、お願い。助けて……」
 潤んだ瞳で甘えるように懇願すると、ディートハルトは薄く笑った。
「色仕掛けか? そんな瞳で見られたら虐めたくなるだけだ。ただでさえ、私はおまえに腹が立っているのに」
 ツェツィーリアの濡れた唇を、ディートハルトの指がたどる。
 言葉とは反対に、とても優しく。
 唇をそっと割り開かれ、節くれだった指に口腔内を満たされると、ツェツィーリアは無意識に舌を這わせた。あなたが欲しいと、訴えるように。
 ディートハルトは、彼女を見つめながら、指を増やしていく。三本の指を咥えさせると、ツェツィーリアは苦しそうに喘ぎながら、唾液を垂らし、許しを請うように見上げた。
「なんて淫らな顔をする」
 ツェツィーリアの目尻にたまっていた涙が、こぼれ落ちる。
「そんないやらしい顔で、私を誘っても無駄だぞ。簡単に楽になれると思うな」
 ディートハルトは唾液にまみれた指を引き抜き、唇を寄せた。
「んっ」
 指の代わりに彼の舌が入ってくる。激しく絡みついて、吸い上げられる。舌先がこすれるたびに、ゾクゾクするような快感が身体を突き抜けていき、口腔内で混ざり合う彼の唾液までもが媚薬のように感じた。
 彼が欲しくてたまらなかった。
「あぁ、欲しい、欲しいの……っお願い……!」
 唇を離したディートハルトは、ツェツィーリアの肩をつかんでじっと見つめる。
「おまえは、私を騙していた。それを簡単に許すことはできない」
「ごめんな、さい……っ」
「私の気持ちがわかるか? あの話を聞いた時の私の気持ちが……!」
「ごめんなさい……! でも、いまはお願い。苦しいの。身体がうずいてしかたないの。いますぐ、あなたが欲しいの」
「…………そのようだな」
 ツェツィーリアの背筋にゾクッと寒気が走る。
 彼女を見つめる菫色の瞳に浮かんでいたのは、とても冷たい色。これから熱く甘い快楽を共に楽しもうという瞳ではない。
 ツェツィーリアへの欲望よりも強い欲求、それは、罰を与えることだ。
(ああ、まさか……)
 出会ったばかりの頃を思い出す。
 ディートハルトは、怒りを簡単に収める人物ではない。心を通じ合わせてからはすっかり忘れていたが、彼は復讐には容赦がない。
「ちょうどいい機会だ」
 ディートハルトは、ツェツィーリアの乳房を優しく揉み、耳たぶや頰に口づけ、繊細な愛撫を与える。もどかしすぎる快感は、彼女にとって苦痛でしかないのを知りながら。
「はぁぁ、ん、ぁあ……」
「ツェツィーリア、まず、キノコの媚薬の件を隠していた罰だ」
「あ、あれは、事故でしたし……」
「そうだな。だが、私に秘密にしようとしたのが気に入らない」
「だって、言ったら言ったで、何かしら、誤解するでしょう?」
「確かにそうかもな」
 ディートハルトはくっと笑い、首に巻いていたスカーフをするりとはずした。
「あ、あの……?」
「言い訳を聞く気はない。このスカーフは、おまえが耐えかねて、自慰などしないように、念のためだ」
「しません!」
 抵抗もむなしく、後ろ手に縛られたツェツィーリアは、ぼう然とする。
 彼は本気だ。
 これは、長い戦いになる。
 ツェツィーリアはそう確信した。
 ディートハルトの菫色の瞳は、欲望を映して濃度を増し、彼女の黒い瞳を射抜く。そして、否定を許さない低い声で命令した。
「私のひざのあいだに、ひざまずけ」
「……」
 馬車は轍の音も軽やかにゆっくりと街を進む。
 もう昼近くなのか、あたりからおいしそうな匂いが漂い、にぎやかな音や子どもの声も聞こえてくる。
 けれど、それらはツェツィーリアにはとても遠く感じた。
 馬車の窓のカーテンは締められ、隙間から差し込む細い陽の光だけが頼りだった。せまい馬車の中は、ふたりの熱気と息遣いで、淫らな空気に満ちている。
 床に着いたひざに伝わる馬車の振動が、容赦なく下腹に響く。両腕を背中で縛られているので、重心を分散できないのも責め苦になっていた。
 ツェツィーリアは、ディートハルトの足元にひざまずき、目の前に突きつけられた彼自身に口づけた。
 彼の雄の匂いを嗅いだだけで、頭がクラクラしてしまうというのに。それは、いますぐにもツェツィーリアのやわらかい肉を串刺しにできそうなほど、硬く張り詰めているというのに。
(いちばん欲しかったキノコ……欲しいのは、上の口じゃないのに……)
 情けを請うようにディートハルトを見上げると、さっさと咥えろ、と短い答えが降ってくる。その声につけいる余地はない。ツェツィーリアは彼に奉仕すべく、大きく張り出た部分を口に含み、唾液を絡ませながら、ゆっくりと喉の奥まで迎え入れた。
 全部は入りきれないが、精いっぱいだ。
「よし、いい子だ」
 そう言うとディートハルトは、ツェツィーリアの頭をつかみ、ゆっくりと上下させた。
「んっんんっ……!」
 彼は、奉仕を要求したのではなかった。
 両手を縛られているので、身体のバランスが取れない。頭をつかむ彼の腕だけに支配される感覚にめまいを覚える。
「ん、んぁっ、ぅ、ん」
 彼の欲望で、口腔を犯される一方的な行為。
 徐々に動きは速くなり、ときに激しく揺さぶられ、喉の奥を突かれて、むせそうになった。ツェツィーリアの瞳からは涙がこぼれ、口からは、飲み込む余裕もない唾液が幾筋も顎へと伝った。その激しさとともに、ツェツィーリアの身体はますます熱くなり、あふれた蜜が太ももの内側をぐっしょりと濡らしていく。
「これが、欲しかったのだろう?」
 荒い息混じりのディートハルトの意地悪な言葉。怒りのせいなのかこの嗜虐的な行為に彼も興奮しているせいなか、その声は低く掠れていた。ツェツィーリアは答えることなどできず、かすむ意識の中で、されるがままに蹂躙された。
「出すぞ……」
 低いうめきとともに、喉の奥に熱いものがほとばしる。
「んんっ! く、ん、ん……っ」
 すべて飲み干すまで許してはもらえなかった。満たされない欲望の中、ツェツィーリアはぐったりとディートハルトの膝に崩れ落ち、意識が薄れていくのを感じた。

 気がつくと、元の座席に座りドレスの乱れも直されていた。
「ディートハルト……?」
「ああ、ツェツィーリア。気がついたか」
 馬車の揺れが止まっていたので、ツェツィーリアは、ディートハルトにもたれかかったまま、顔を上げた。
「もう城に……?」
「いや、城にはまだ帰らない」
 ツェツィーリアが首をかしげていると、馬車のうしろについていた護衛の騎士がすぐにやって来た。
「陛下! いかがされましたか?」
「ランスか」
 馬車のうしろに付き従っていたふたりの護衛、ランスと、もうひとりはツェツィーリアの知らない騎士だった。
 ランスは、以前、ツェツィーリアが城の侍女に誘拐された際に世話になった騎士で、彼女が安心して話すことのできる、数少ない男のひとりだ。
「ツェツィーリアの具合が悪いのだ。この辺りにどこか、休めるところはないか?」
 ディートハルトの言葉に、ランスは血相を変える。
「それは一大事です! すぐに医者を呼んできましょう!」
「ああ、いや……そうではなくて」
 ディートハルトが苦い顔をしていると、もうひとりの騎士がハッとして、小声でランスを怒鳴る。
「馬鹿か、ランス」
「マルタン。ツェツィーリアさまの具合がお悪いのだ。早く医者を……」
「だから、馬鹿か……」
 生まじめなランスに、二度、馬鹿と小声で罵ったマルタンは、おそるおそる、ディートハルトに提案した。
「陛下、この近くに、最近できた宿がございます。そこならば……ツェツィーリアもお休みになれるかと思うのですが……」
「ほう」
「庶民の施設ですが……」
「かまわない。非常事態だ」
「はっ、かしこまりました。では、そちらへご案内いたします。聞いた話によると、このあたりでは、どの宿よりも清潔で、内装も凝っているという話です」
「宿?」
 怪訝そうに聞き返したランスを無視して、ディートハルトは満足そうにうなずいた。
「それは興味深い。頼んだぞ、マルタン」
「はっ」
「そこへ医者をお呼びになりますか?」
「ラ、ランス、馬鹿、おまえは黙っていろ」
「しかし、ツェツィーリアさまがご病気に……!」
 マルタンがため息をついて、ランスにゴニョゴニョと耳打ちをすると、ランスはハッと顔を赤らめて言葉を失う。
「そういことだ、ランス」


 馬車は、大通りからはずれた通りに入っていく。
 にぎやかな大通りと比べ、静かでひとけのない裏通りをしばらく進むと、一軒の宿の前で止まった。
 外壁は目にまぶしいピンクで、窓辺には色とりどりの花が飾られた、女性が好みそうな華やかな外観だった。正面の階段を数段降りた半地下に木製のドアがついている。そこが入り口になっているようだ。よく見れば、この通りにはあちらこちらに、似たような、いかがわしい色合いの宿が並んでいる。さすがに、その宿がどういう宿であるか、この場にいる誰もが気づいていた。
「俺は、先に城に帰っているからな」
 馬車の屋根に止まっていたアベールは、ばさっと羽を広げ、無情にも飛び去っていく。
(薄情者……! 助けてあげたのに!)
 ツェツィーリアは空を見上げ、小さくなっていくアベールをにらんだ。
「宿の者に話をつけてまいりました。貸し切りにましたので、不審者は誰ひとりとして通しません!」
 先に宿に入り、はりきって交渉してきたマルタンはそう報告する。
「わ、私たちは、ここでお待ちしておりますので、どうぞ、ご、ごゆっくりと」
 ランスは真っ赤になりながらひざまずいた。
「ああ、ご苦労だったな。ランス、マルタン」
 ディートハルトは、ふたりを労うと、馬車からマントに包んだツェツィーリアを降ろした。
 横抱きにされたツェツィーリアは、沸騰したように熱くなった顔を上げられず、ディートハルトの胸に強く押しつける。
「このとおり、私の恋人が城までもちそうになくてな」
 従者たちは、王に抱かれたツェツィーリアを見て、顔を真っ赤にした。
 ディートハルトは意味ありげに笑うと、ふたりの騎士と馬車を外に待たせたまま、堂々と宿に入っていった。
(連れ込み宿……)
 いまから性行為をいたしてきます、と従者たちに宣言するも同然なこの状況に、ツェツィーリアは泣きたくなった。どんな顔をして出てくればいいのだろう?
 ただひとつ、わかるのは、王とは、鋼の精神力を持つ者なのだ。

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時の魔女と少年王[6]

時の魔女と少年王[6]

著  者
奥村マヨ
イラスト
純友良幸
レーベル
eロマンスロイヤル
価  格
648 円(税抜)
シリーズ
時の魔女と少年王
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