異世界御奉仕記録

記録Ⅰ 落ちた先は見知らぬ路地裏でした
第1回

記録Ⅰ 落ちた先は見知らぬ路地裏でした

2019/03/29公開
 飾り気の少ない寝台に腰掛け、下穿きだけを寛げた美丈夫は、下肢に与えられる甘美な刺激に呻き声を漏らし、蠟燭の灯りがまるで笑うようにゆらゆらと揺れる。緩急の利いた刺激に彼の雄は否応なしに高められ、低く掠れた声と共に腰を震わせながら幾度目かの白濁とした欲を吐き出した。
 闇を溶かしたような黒衣に全身を包んだ女の白い手が、己の下肢をふわりとハーブが香る布で清める様を無言のまま見下ろす。
 一言も発しないまま湯桶と水差しを脇に抱えて立ち上がり、傍らに置いた燭台に手を伸ばして小さく頭を下げ退出していく背を虚ろな目で追いかけ見送ると、どさりと上半身を敷布の上に投げ出し――職務疲れと事後の倦怠感で働かぬ頭でぼんやりと考えた。
 王命とはいえ決して気乗りのしないこの行為。自分の責務を全うするための必要な医療行為だと思うことで、沸き起こる自身への嫌悪感を無理やり押し込めている。肉欲に負ける己にほとほと嫌気が差すが、この行為による体内の陽の気の循環の効果は目覚ましい。
 だが、顔も素性もわからず、言葉すら交わさない相手から伸びる手に翻弄される様は、まるで喉元にナイフを突きつけられているかのような、言いようのない畏怖と恥辱を感じるのもまた事実。
 ――――それなのに。
「知りたいのか、それとも知りたくないのか……」
 自分でも説明がつかない感情にぽつりと口から溢れる本音。
 その独り言を打ち消すように小さく頭を振った美丈夫はぞんざいに下穿きを引き上げ、静かに部屋を後にした。


 アルフェリア王国は世界でも随一の魔法国家である。
 国土はそれほど広くないが、豊穣な土地と豊富な資源を持つアルフェリアは、その豊かな土地と資源を狙う大国・ダリア王国から過去も歴史上幾度となく戦争を仕掛けられていた。
 ダリア王国の国土はアルフェリア王国の約三倍、人口は五倍近くにも上り、単純に兵の数だけを比べればその差は歴然であった。事実、ダリア王国は数の力を持ってして他国に攻め入り、その国土を広げていった歴史がある。だが、そんな圧倒的とも言える数の差をものともせず、度重なる侵略を押し返してきたのがアルフェリア王国が誇る最強の騎士団、アルフェリア魔剣士団であった。
 一人あたりが一般兵十人分の戦闘力を持つと言われるアルフェリア魔剣士団の名は、隣国だけに留まらず世界中に知れ渡り、最強の名に相応しい働きで国に平穏と安寧をもたらしていた。
 そんなアルフェリア国民全員の憧れと尊敬の眼差しを一身に受ける魔剣士団の中でも、団長バルトフェルド・ダイス率いる国境警備団は特に精鋭揃いで知られている。団長であるバルトフェルド自身もさることながら、ある人物によって国境警備団の知名度は一気に引き上げられた。
 オスカー・ガーランド。
 類まれなる美貌の持ち主として絶大な人気を持つオスカーによって、国境警備団の名は近隣諸国に広く知れ渡るところとなった。
 キラキラと輝く蜂蜜色の髪に、長くたっぷりとした睫毛。鮮やかな翠玉色の瞳は切れ長で、高く通った鼻梁、陶器のようになめらかな肌は女性がうらやむほどの、まさに奇跡のような美貌。
 固く引き結ばれている形の良い唇から出る声は、中性的な顔立ちに反して腰が砕けそうになるほど甘い低音。騎士服に包まれた長身は、細身ながらも見せかけではない強靭な筋肉に覆われている。
 四年前に副団長任命式の場で名を呼ばれたオスカーが群衆の前に姿を現した瞬間、歓声とも悲鳴ともつかない声を上げた女性達が次々と失神し、救護活動のために式典を一時中断せざるを得ない状況になったのは今も記憶に新しい。
 年に数度ある王都帰還時にはその姿を一目見ようと見物客が大挙して押し寄せ、多数の失神者を出すことがここ数年の恒例行事となっていた。
 入団当初は口さがなく揶揄する声や不届きな真似を働こうとする者も少なくなかったが、自身の容姿を酷く嫌うオスカーはそんな輩を片っ端から叩き伏せ、魔剣士団員達にその圧倒的な強さを見せつけて震撼させた。
 体内に有する膨大な魔力と剣技に関する天性の才に甘んじることなく、愚直に自己研鑽を続けた彼を、今や「顔だけの男」と呼ぶ浅慮な者は皆無となり、その実直で勇猛果敢な働きぶりは全員が知ることとなる。
 魔剣士団創立以来、史上最年少である若干二十二歳で副団長への昇格が決まったときも、誰しもがオスカーならば、と受け入れたのだ。
 一見、前途洋々に見えるオスカーだったが、このところ密かにある大きな問題を抱えていた。


「……オスカー・ガーランド。長きに渡る遠征及び調査の任、誠にご苦労であった」
「もったいないお言葉、恐悦至極に存じます」
 視察に訪れた十一代アルフェリア王、マクシミリアン・オム・アルフェリアの眼下でオスカーは膝をつき頭を垂れていた。
「で、状況は?」
 マクシミリアンの問に半歩前で同じように膝をつくバルトフェルド・ダイスが答える。
「大きな動きは見受けられず、おそらくは無知な盗賊団によるものかと」
「ふむ……やはりそうか。余が即位してから十余年、あちらも不用意には手を出してこなくなっておる。代替わりしたマルセル王も争いを好まぬと聞いておるしの」
 和平交渉を持ちかける頃合いかの、と顎に手をあて思案するマクシミリアンは四十代半ば。優れた統治者でありながら、祝い事好きで気さくな人柄の王もまた、国民からたいへん好かれている。
「してオスカーよ」
「は」
「そなた、最近溜まっておるだろ?」
「っ!?」
 マクシミリアンの唐突な発言に思わず顔を上げたオスカーは慌てて頭を伏せる。
「あぁ、よいよい。堅苦しいのは苦手じゃ、面をあげよ。それよりもオスカー、体に陽の気が溢れかえっておるではないか。それでは色々と支障が出るであろう」
「……問題ありません」
 表情を変えずに答えるオスカーを見て、マクシミリアンはふむ、と顎髭をさすりながら視線をずらして今度はバルトフェルドに問う。
「実際はどうなのじゃ、バルト」
「今のところは、と言うのが正しいかと。睡眠もろくに取れていないようですし、時間の問題でしょう。交わるとまではいかずとも、せめて放出させるか循環させるかすればとは思いますが……」
 神妙な顔付きで王の問いに答える横で、心外だとばかりにオスカーは眉を顰める。
「最低限の処理はしています」
 バルトフェルドはそんなオスカーの反論に「自己処理でごまかすのも限界だ、と言っているんだ」と返して呆れたように溜息をついた。
「オスカーよ、まだ体質は治らんか」
「……治す必要性を感じておりません。――事実今までも問題はありませんでしたし、これからも自分で解決いたします。陛下のご期待を裏切るような真似はいたしません」
 頑なな態度のオスカーをマクシミリアンは慈愛に満ちた目で見つめ、ぽんとその肩に手を置く。
「そなたの働きを疑うわけではない。そなたを心配しているのじゃオスカー。聡明なそなたのこと、自分でも限界が近いのはわかっておるのであろう?」
 唇を引き結んで押し黙るオスカーに、同じく心配そうに様子を見ていたバルトフェルドと小さく肩を竦め、マクシミリアンが優しく諭すように言う。
「まずは抱かずとも良い。せめて異性の手に慣れよ」
「……ですが」
「オスカー、これは王命である」
「…………承知いたしました」
 有無を言わせぬ覇気と、『王命』という名の伝家の宝刀を持ち出され渋々頷いたオスカーに、マクシミリアンがにやりと破顔する。
「よし、バルト! そうと決まれば作戦会議じゃ! 忙しくなるの!」
「承知いたしました」
 新しい玩具を見つけたような無邪気な笑顔で何やらバルトフェルドとヒソヒソ企む王に見えぬように、そっと溜息を吐き、オスカーは内心呟く。
(女に触れられるくらいなら、一人で盗賊を十個潰してこいと言われるほうがどれだけマシか)
 ――そう、オスカー・ガーランドは極度の女嫌いだったのだ。

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異世界御奉仕記録

異世界御奉仕記録

著  者
猫屋敷 爺
イラスト
さばるどろ
レーベル
eロマンスロイヤル
価  格
1200 円(税抜)
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